| ■第25回 『江戸三大祭り』 |
| 01年08月10日 |
- 以前、ここで江戸三大祭りといえば「赤坂(赤坂山王祭り)、神田(神田明神祭り)、富岡(深川八幡祭り)」の3つだと書きましたが、なんか最近自信がなくなってきました(第18回『富岡さんの御神輿』参照)。と言うのはいろいろ諸説があるようなんです。はっきりと上の3つだと言えない気がしてます。
- とりあえずよく言われるのは「山王、神田、富岡」「山王、神田、三社」の2説のようです。三社祭りは一時期電通が盛り上げた部分がありましたので、電通の陰謀のようなものだと思っていました。「江戸三大祭りの三社祭り」みたいなキャッチフレーズなんか作ってピーアールでもしていたんだろうと思っていました。また、昔から「神輿深川、山車神田、だだっ広いのが山王様」なんて唄もありました。また、戦後、ある新聞が、神田、山王、三社を江戸三大祭りであると書いて以来、ラジオやテレビがときどき間違えるという記事を読んだことがあります。だからてっきり三大祭りと言えば「富岡」で「三社」は違うと思っていたんです。ところが最近「山王、神田、三社説」をいろんなところで頻繁に耳にし、「三社祭りは江戸の時代より江戸三大祭りのひとつとして云々」なんてことまで聞きます。正直あれあれーって感じで、私にはよくわかりません。ただ、山王祭と神田祭は江戸三大祭りのひとつってのは間違いないようですね。ま、あのふたつは別格ですから。
- ついでだからこの二大祭りの話を少ししておきましょう。ご存知とは思いますが山王祭は永田町の赤坂日枝神社、神田祭は神田明神社(現在の神田神社)のお祭りです。なぜ別格かと言うとこのふたつだけが幕府の命によって行なわれた公認のお祭りなんです。山王祭は子寅辰午申戌年の6月15日、神田祭は丑卯巳未酉亥年の9月15日で、両方が隔年ごとに順番に行なわれていました。規模の大きさは当然のことですが、このふたつのお祭りのみは山車や屋台が江戸城内に入ることが許されて将軍に見て頂けたんです。だから天下祭りまたは御用祭りなんて呼ばれています。ね、別格でしょ。
- この天下祭りに一時期、根津神社のお祭りが加わったことがあります。当時の将軍にゆかりの神様だったことからそうなったんですが、三大天下祭りとなり根津神社のお祭りもかなり盛大だったそうです。この他に人形町辺りの三天王祭りや富岡、三社、亀戸、四谷なども盛大だったそうですが天下祭りには及ばなかったらしいです。そう考えると富岡、三社よりも「山王、神田、根津」のほうが江戸三大祭りみたいな気もしますね。でもその将軍が亡くなった後はあまり根津神社のお祭りは盛況は続かなかったのかもしれませんね。で、これが実際に「山王、神田、根津説」もあるらしいんですよ。
- ま、そんな訳で江戸三大祭りの本当の定義なんて実はないような気がしてます。深川に住んでる人にとっては「山王、神田、富岡」で、浅草に住んでる人にとっては「山王、神田、三社」でいいんじゃないのかなあ。いっそのこと江戸四大祭りにしちゃえばいいのにね。
- あ、でもお互いに山王、神田と肩を並べたがっているのかな。
- 誰か本当のところを知ってる方がいましたら教えてくださいませ。
- そういう訳でもうすぐ夏祭りですねえ。まあ、富岡さんは今年は陰ですけど。
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