| ■第35回 『相撲発祥の地』 |
| 02年02月02日 |
- Sエリアには、相撲にちなんだ場所が数多くあります。国技館、両国の回向院、富岡八幡宮、墨田区亀沢の野見宿彌(のみのすくね)神社…
- 相撲発祥の地ってどこでしょう。やっぱりこの辺りにあるのでしょうか?
- 皆さん知ってます?
- 富岡八幡が相撲発祥の地と思っている人って、結構多いんじゃないでしょうか。八幡様には相撲に関連する石碑などもたくさんありますからねぇ。横綱力士の碑、大関力士の碑、強豪関脇の碑、巨人力士の碑、超五十連勝力士の碑…
- こういった碑に各歴代力士の名前が彫ってあります。見るだけでも面白いですよ。
- ただこういった歴代横綱の碑は、規模は小さいですが回向院にも、野見宿彌神社にもありますけれどね。
- さて、富岡八幡が発祥の地なんでしょうか。
- 相撲は元々五穀豊穣を祈るため、神前で行なわれていました。それがだんだんと寺社修復の費用を集める目的で、興業として開催されるようになりました。それを勧進相撲といいます。勧進相撲はいろいろな寺社で行なわれていましたが、そのはじまりが富岡八幡だったと言われています。
- つまり、富岡八幡は勧進相撲発祥の地ということなんですね。
- ところがこれは諸説あって、ある横綱が四谷の長善寺というところで始めたという説もあるんです。そこには江戸勧進角力旧跡なんて碑もあります。どっちが本当なんでしょうねぇ。
- まあ長善寺説のほうが有力なようですが…一応長善寺では1624年、富岡八幡では1684年に開催されたことになっています。
- さて、こうしていろいろな寺社で行なわれていた勧進相撲ですが、正式に(多分、江戸幕府がきちんと定めたって意味なんでしょうね)回向院で行なわれるようになります。
- 勧進相撲は関西が盛んだったのですが、次第に関西の力士も回向院へ来るようになり、回向院が勧進相撲の基盤となっていきます。
- だから近代相撲という意味では回向院は相撲発祥の地ということになるかもしれませんね。
- 国技館もこの地にありますしね。
- ただ、当たり前ですが相撲は勧進相撲以前にもあった訳です。
- 一般的に当麻●《足へんに厥=この字、当用漢字にありません》速(たいまのけはや)と野見宿彌という人が、天皇の御前でいわゆる天覧試合をしたのが、相撲の始まりと言われています。結局、宿彌が勝つのですが、彼は日本相撲の始祖として祭られます。それが野見宿彌神社です。
- まあ発祥の地とは言わないけれど、野見宿彌神社は相撲のはじまりと関連があると言ってもいいでしょうね。
- ただこの神社は兵庫県にもあり、多分、東京のものは分院のようです。
- そして彼らが天覧試合をしたところもまた祀られています。奈良県の穴師坐兵主(あなしにますひょうず)神社というところです。相撲跡なんかも残っていますよ。
- まあ相撲発祥の地という意味ではここらへんになるんでしょうかねぇ。
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