| ■第100回『なんとか100回』 |
| 07年08月26日 |
- 100回目です。なんとか100話まで書き続けられました。途中、かなりサボりましたけど。
- ちょうど節目なんで今回はちょっと変わった話を書いてみましょうかね。
- せっかくの機会ですから、このコラムを書いてる下町探偵団自身について書きますね。
- まあ下町探偵団というのは下町のことを取り上げてるサイトですから、下町について書くというこのコラムの主旨からもそう外れてないでしょう。
- このサイトを始めたきっかけはなんだったでしょう。
- 下町探偵団というサイトが始まったのはちょうど平成12年3月4日のことでした。1234ですね。
- その頃ってインターネットが少しづつ世の中で認知されつつあった時代でしてね、簡易的なwebサイト編集ソフトなんかも販売され始めて、みんなやたらとサイトを作って楽しんでましたね。それで私もなんか作ってみようかと思ったんですよ。
- ただ、今では誰でもわかっていることですが、当時ってサイトを作るということの意味が勘違いされてるような時代だったように思えますね。
- web制作を職業としている人はしかたないとしても、世の中がサイトを道具として活用するのではなく、サイト作り自体を目的にしてる時代でした。
- 個人は自己満足にしかならないご家族紹介サイトを作り、企業は流行りだからといってとりあえずサイトを作ってました。
- そういう風潮を見ててなにか違うなって思ったんですね。
- でも自分には何を目的にしたサイトなら作れるかって考えると、これといって思い浮かばないんですよ。
- 私は昔は旅行少年でしてね、大学時代にヒッチハイクやら野宿なんかをして乞食旅行で日本はほぼ全国廻りました。その後は卒業式を待たずにアメリカへ長期の放浪の旅に出かけます。
- そんなことに関連したサイトなら作れるかと最初は思っていました。
- でも就職し、結婚して子供ができて、じょじょにそんな旅行をする余裕もなくなっています。近頃では行動半径も狭くなって、新宿あたりでも出かけるのがちょっと億劫に感じてるのが現状です。
- 過去の旅は語れても現在の旅は語れそうにありません。
- このサイトは断念せざるをえなかったですね。
- しかし逆に行動半径が狭まったということは、地元に対する知識も密度が濃くなるということですね。
- そしてこの土地というのは私にとって生まれ育った場所ですから、他の土地で幼い時代を過ごした人間よりはこのあたりの知識は多分あるでしょう。
- これならいけそうだと思いましたね。
- こうして出来上がったのが「下町探偵団」だったのです。
- まあ他にもいくつか発足の理由はあるのですが、これが大きな理由のひとつです。
- こうして始めたサイトですが、今にして思えばいろんなことがありました。
- その中でも一番印象的だったのはなんでしょう。世界がひろがったと感じることは多いですね。
- 例えば、人と知り合う機会は増えましたよ。
- 議員さんとか宮司さんとか、それまでほとんど接点のなかったお堅い種類の方々とかね。他には地元の大きな会社の役員さんとか、グルメ雑誌でよく見る有名店舗の店主とかね。
- またそれに関連して、こんなこともありますよ。このあたりは昔ながらの職人さんなんかもたくさんいるのですが、このあたりっていうと江戸切子の職人さんは多いんですね。
- そんな方々と知り合うチャンスにも何度か恵まれました。
- それで工房を見せてもらったり、一緒にお酒なんか酌み交わしてると、今まで全く興味のなかったガラス容器のことを多少なりとも知るようになるわけですよ。
- 江戸切子と薩摩切子ってどう違うかわかります?そんなことがわかったりとかね。
- 日本全国から見れば小さなエリアですが、実はその世界では卓越した人がこのあたりってけっこう多いんですよ。世界で唯一の…とか、日本で初めての…とかって人がね。
- 卓越した人から聞ける話って内容が深いことが多いですからね。中途半端にいろいろな知識は身についたような気はします。
- またある時期を境にメディアから取材を受けるようにもなりましたねえ。地元のケーブルテレビでは一時期、番組内にうちのサイトのコーナーを持たせてもらったこともありました。
- 露出度が増えると飲み屋で見知らぬおっちゃんから声をかけられたりなんかしてね。それはそれでけっこう楽しいですね。
- ちなみに、今後1ヶ月以内にも2回ほど民放のテレビに出演しますから探してみてください。
- まあサイトを始めて楽しいことばかりあったわけじゃないけれど、このサイトは続けられる限りは続けていきたいですね。
- 最近、少々だれ気味ですが、長い目で付き合ってやってください。
- 今後ともよろしくお願いします。
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