- 下町に雪が降ると、太鼓橋が多いので、小さな事故が多く起こる。平坦なようでいてクルマにとっては難しいエリアではある。自分は雪が降るとぶつけられるのも嫌なので、クルマには乗らなくなる。従って酒を飲む機会が増える。しかし寒い冬の夜は、人肌に暖めた熱燗で晩酌でも、ということは全くしない。鍋でもつつきながら、真冬でもビールやワインで済ませてしまう。日本酒は、どうも本腰を入れて飲まないと気が済まないので、最近は遠ざかってしまったが、興がのると洋酒に行くことはある。洋酒なら、やはりバーボンだ。オン・ザ・ロックでキッと口に含み、チェイサ−もろくに必要ないような飲み方なので、決して褒められたものではないが、口をつける瞬間の、あの甘い香りが鼻孔を刺激する感じが、何とも言えずよい。
- 以前、カナダに滞在していた頃、幻のカナディアン・ウィスキーがあると聞いて探したことがある。何でも味はすこぶるよいのだが、色が透明なのだそうだ。ウィスキーといえば、あの琥珀色が魅力であり、味や香りは千差万別でも、多少の濃淡はあれあの色がかなりの魅力を占める。結局そのカナディアン・ウィスキーは、ホスト・ファミリーの親父さんを巻き込み、かなりの数の酒屋で訊いてまわったが、結局見つからなかった。親父さんはよく覚えているが最近は確かに見ないな、といっていた。ある店のご主人が、やはりウィスキーは、あの色でなくちゃ売れないよ、と言っていた。やはりそうか、と言う嘆息とともに3人で頷きあったのをよく憶えている。そう、万国共通、やはりあの色が魅力なのだ。
- ウィスキーといって思い出すミュージシャンは、何はさておき、ジョー・ウォルシュだ。アメリカ合衆国の大統領選に立候補したりする奇行でも有名だが、イーグルスから名手バーニー・リードンが去り、穴を埋めるようにホテル・カリフォルニアのアルバムから加入し、世紀の大名盤をぶち上げて、イーグルス解散の引き金になったギタリストとして、一般的には認識されているかも知れない。しかしL.A.の音楽業界ではイーグルス以上に評価されている人物でもある。事実再結成後のイーグルスのライブでは、彼のソロ・ヒットを何曲も演奏する。バンド内でもそういった評価が定着しているのに、日本での評価や知名度は圧倒的に低い。やはりアル中オヤジとしか見えなかったせいかな、とも思うのだが、確かに日本受けしないタイプのミュージシャンだ。1981年5月、日本武道館のアリーナで観たジョー・ウォルシュのソロ・コンサートには、まさにノックアウトされた。ステージ脇からウィスキーのボトル片手にフラフラ出てきて、ステージ中央のソファに座り、ストレートでグラス一杯をまずあおった。そして「カンパイ」の一声とともに、やおらギターを弾き始めた。当時、雑誌などでは酒浸りの生活で、ひどい時は担がれるようにしてステージに出てきて、それでもウィスキーを飲ませてギターを持たせるとしゃんとすると書かれていた。プロ根性というか、凄い人間がいるものだと思ったものだ。
- 一曲一曲ギターを交換し、力強いストロークでリフをきざみ、早弾きというよりは、たっぷりとタメをきかせたメロディアスなソロを弾く。ちょっと鼻にかかった声で歌うヴォーカルも実に味がある。まさにカリフォルニア・スタイルのいかれたオヤジだった。ハイペースでウィスキーをあおり、アンコール前には一人でボトル一本を空けてしまっていた。かなりステージに近い席で観ていたこともあるが、ウィスキーの香りまで漂ってきている始末だった。ギタ−の上手さにも呆れたが酒の強さにも呆れ果てた。それでも指の動きは確実で、安定した演奏でアンコールまでこなしていた。名曲ロッキー・マウンテン・ウェイの大合唱は、実に心地よかった。終演後も、あの演奏の迫力は一体どこから沸いて来るのやら、と呆けたものだ。そして実はもう一つ呆れた理由がある。そのライブを観るまで、彼はレス・ポールを弾くギタリストだと思い込んでいたのだ。それが一曲一曲全部違うギターで演奏したのだ。不思議なほど同じ音で鳴るこれらのギターは、個性的な音を出すものも含まれていたが、要するにジョー・ウォルシュの音になってしまっているのだ。多少の音の硬軟の違いはあれ、ネックの太さも相当まちまちなこのギター群を使いこなすことも信じ難い光景であった。勿論レス・ポールも含まれていたが、曲の数だけギターを持ち歩くこと自体、至極贅沢なライブだと思え、ギター・キッズであった自分にとっては、まさに忘れ難い一夜となった。
- 二日酔いの朝、ジョー・ウォルシュのギターを聴くとシャキッとする、などということは決してない。気持ち悪いものは気持ち悪い。二日酔いの朝に聴きたい音楽などない。あれば教えて欲しいものだ。あの辛さを知っているのに、また飲んでしまう。何てバカなのだろうと思いつつも、やめられない。まあ最近は強い酒は飲まないので、二日酔いもとんとご無沙汰ではあるが。さてまた新年度がやってくる。新人が入ってこなくなって久しい。これでは花見でも新人歓迎会でも、決して旨い酒が飲めるとは思えない現状だが、そろそろ小生意気な挨拶でノックアウトしてくれる新人でも入社してきて、明るい話題でも聞かせて欲しいものだ。
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