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下町音楽夜話

◆第89曲◆ 雪蓮
2004.03.06
下町探偵団が第10回マイタウンマップ・コンクールで都知事賞を受賞したことは実にめでたい。金にもならないのに、地域コミュニティのために活動している人間が評価されることは、とても嬉しいことである。地域のための活動は、当然というわけでもないのに、なかなか理解されないことも多い。そのことの重要性が今後の社会にとってますます高まっていくことをもっと理解して貰いたい。ともかく受賞の知らせを受けてお祝いの電話を入れたときに、授賞式に同席するよう言われたのだが、その日はとても大事な、そして楽しみにしていたライブがあるから即答断ってしまった。せっかくのお誘いを、ちょっと申し訳なかったと反省してはいるが、外せないものは外せない。

そのライブとは、六本木のスイート・ベイジル139でのウェイウェイ・ウーのものであった。ウェイウェイ・ウーの二胡も勿論楽しみではあったが、ゲストが錚々たるものだったのである。以前から気になって仕方がなかったフェビアン・レザ・パネという現代音楽のピアニスト、さらにはウェイウェイ・ウーの妹amin(アミン)が同時に観られるのである。しかも昼間は六本木ヒルズで自分が乗っているクルマのイヴェントがあり、招待状が来ていたので、もうこの日の予定は変更の余地がなかったのである。そういう訳で、当日はすぐ近くにある麻布十番商店街にある、台湾で一番美味しい茶藝館という触れ込みのお店で聞茶をしてから、気分を高めて乗り込んだのである。

さてそのライブだが、点数をつければ90点といったところか。演奏はもう100点である。こんな凄いライブは滅多に観られない。インドネシア人と日本人のハーフのフェビアン・レザ・パネは、ゲストと言いつつ2ステージのほぼ全般にわたって演奏した。彼のプレイには心底感動した。近いうちに彼のCDを探しに行こうと決意した次第。彼は、もとのメロディを一旦バラバラにしてから美味しいところを拾い出して再構築している。ジャズの世界では当然のようなその手法も、その他の世界ではテクニックがついていかないせいか、まだまだライブで実践している人間は少ない。独特の浮遊感があるような高音寄りのピアノは、好き嫌いがありそうだなと思いつつ、実のところ自分の好みそのままなのである。

一方amin はちょっと外したかなとも思う。比較的年齢が高いウェイウェイ・ウーの客層を見て選曲すべきだったと少々残念に思う。北京では10代の前半から活躍していたアイドルだったということだが、あまりにもポップな曲は場違いな感覚が拭えず、当夜の客の耳には少々無理があった。ただしサントリーウーロン茶のCMソング「大きな河と小さな恋」はさすがにヒットしただけはある。素晴らしくピュアな独特の声を聴かせてくれた。あとの2曲は、まあおいておこう。

そしてバックアップを努めたバンドもまた素晴らしかった。特にギターの宮野弘紀は、フュージョン・ブームの只中「マンハッタン・スカイライン」での衝撃のデビューが懐かしいが、すっかりベテランの域に達したか、ウェイウェイ・ウーからは「仙人のようなギタリスト」とか「琵琶のような奏法」と評されていたが、もう日本でもトップレベルのテクニシャンなのだから、当然と言えば当然、ミスタッチ云々のレベルではない。完璧な演奏を独特のスパニッシュ・スタイルで決めていた。彼ほどこのステージが似つかわしいギタリストもいないだろう。無国籍ともいうべき活動の幅の広さは誰にも負けまい。

さて主役のウェイウェイ・ウーである。日本人にはないほどの感情移入ができるあたり、やはり上海という都市が生んだ宝である。彼女とフェビアン・レザ・パネは音楽をビジュアルに構築するタイプのようで、ある情景が見えているからこそできるハイ・クオリティな演奏に終始していた。2人は同じような情景が見えているのではないかとさえ思ってしまうほど、コンビネーションもよかった。素晴らしいの一言に尽きる演奏ではあった。しかし一つだけ難を言わせて貰えば、彼女のMCが長すぎるのである。10年以上日本で暮らしているということだが、流石に日本語はうまい。少々文法的にあやしい部分があっても、発音が恐ろしくきれいな日本語なのである。丁寧語しか話せないと言っていたが、そういうことよりも音の解析能力が高いせいか、日本人が普通にしゃべっている言葉に聴こえるのである。凄い耳の持ち主に違いない。

とにかくその丁寧過ぎる耳慣れない日本語で、彼女は延々と曲の説明をするのである。それは曲の意味するところや背景を理解して貰いたいという願いがそうさせているのだろうが、長すぎるMCはライブの流れを寸断し、折角の曲に対する集中力も削ぐことになってしまうのである。また言葉が理解されないからという思いも強いのだろう。しかし、人間のイマジネーションは捨てたものではない。ファースト・アルバムに収録されていた「雪蓮」という曲を演奏した後、天山山脈に住む少数民族が演奏する民族音楽に特有な音階をベースに作曲したあたりを説明したが、リスナーの多くはその演奏とこの曲名から、かなり正確なイメージが見えていたのではないかと想像するのである。

演奏は堪能できた。彼女の曲では最も好きな、アイリッシュ・テイストの「源-MINAMOTO」という曲も演奏してくれたし、本編最後は宮野弘紀のために用意したかとも思えるような、チック・コリアの「スペイン」が披露され、完璧な演奏で聴衆を圧倒した。倍の値段を支払っても惜しくない演奏は、現代アジアの勢いを感じさせるものである。もっと頻繁にライブをやれば、また違った世界が開けるのではないかとも思う。巷に溢れるアジアン・ポップスとは一線を画すハイ・クオリティなサウンドは、オーディオ・ファンですらひれ伏す次元のものである。もっともっと活動の場を広げ、言葉の障壁など気にしなくても構わないワールド・マーケットを視野に入れた方がよいようだ。そう六本木は、知る人ぞ知る世界へ向けて開かれた日本の窓のような町ではないか。日本で展開されている世界でも最先端の音楽を、グローバルに発信することは容易なはずだ。坂本龍一の新作にもフィーチャーされている彼女から、しばらくは目が離せない。