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下町音楽夜話

◆第151曲◆ 英国的な夜
2005.5.14
またまたライブ・レポートだ。ことライブに関しては、仕事が忙しいということとは無縁である。勿論、こちらの都合など関係なく、ミュージシャンの来日日程は決まり、空いている会場が押さえられるのであろう。今回は、この37年間、英国ロックの代表的存在として絶え間なく活動を続けてきた、ジェスロ・タルである。やはり観ないわけにはいかないものなのだが、実に悩みに悩んだ。日程の問題ではなく、会場が問題なのだ。少々遠い会場でも、下町の利便性もあり無理はきくのだが、この会場だけは二度と行くことはないと自分に誓った渋谷公会堂である。どうして他の会場でやってくれなかったのか・・・。

とにかく自分はカラダがデカい。渋谷公会堂のシートは、不快なほど小さく、もう限界ぎりぎりなのだ。数年前、誰かのコンサートを観たときに、膝と腰を痛くしたので、もう二度と来ないと決めていた。事実それ以後は、観たいなと思うライブがなかったわけではないのだが、頑として避けてきた。しかし、今回はどうしても観ておきたいという気持ちが抑えられなかった。というのも、もともとジェスロ・タルの東京公演は、前日の5月11日1回のみの予定だったのだ。その1回がやはり渋谷公会堂だったので、一度は諦めたのである。「ジェスロ・タルは観ておきたいが、あそこでは諦めるしかない。」と、自分に言い聞かせ、「即日完売したようだしなあ。」と、納得もしていたのだ。しかし、しかしだ。毎晩チェックしているコンサート情報のサイトで、とんでもない文字を見つけてしまったのだ。それは、「ジャスロ・タル追加公演決定!名盤アクアラングを完全演奏!」というものだった。

そう自分は、この一枚が大好きで、ジェスロ・タルを30年も聴き続けているのだ。「ウォー・チャイルド」に収録されている「バングル・イン・ザ・ジャングル」のシングル・ヒットで彼等のことを知ったのが1976年、そしてさかのぼって知った「アクアラング」にすっかり魅了されてからは、ことごとく彼等の音源を探しまくり、買いまくった。かなりの率でハズレもあったが、ものの本によると全音源を手に入れていることになる。しかし、まだ何かあるのではないかと常に情報を張り巡らせていた。ローリング・ストーンズのお蔵入り音源、「ロックンロール・サーカス」が発売になったときも、ジェスロ・タルも出演しているはずだ、というだけで飛びついた。「アクアラング」より前の時期なので、演奏しているわけはないのだが、それでも買わずにはいられないほど、彼等には入れ込んでいた。

その「アクアラング」を全曲、ライブで再現するというのだ。これを観ないわけに行くものか。どうもこの日だけの特別企画のようで、これまでそういったことを、どこぞでやったということは耳にしていない。これは物凄く貴重な機会なのではないかと思い、ついついチケットを申し込んでしまったのだ。そして、膝や腰が痛くなることを覚悟しながら、公園通りの坂を登っていったものだ。座席についた途端、最低の座り心地のシートを恨めしく思いながら、普段とはかなり違った雰囲気を感じ取った我々は、周囲を見回しながら、「何でこんなに外国人が多いんだ?」「おやじだらけだな。」などと言いながらも、かなり熱心なファンだらけの中にいるということを感じとっていた。

ライブは意外なほど早く始まった。2曲目までは、機材の不調か、あまりいい音響とは言えない。ギターのレベルも低すぎて、ヴォーカルに消されている。しかし2曲目の終盤から突然音が回復してきた。ステージ上では我関せずといった風情で、皆黙々と演奏している。かなり丁寧な演奏だ。一方、中心人物というか、ジェスロ・タルそのものとも言うべきイアン・アンダーソンだけは、尋常ではないテンションで、歌い、踊り、吹き、弾く。意味不明なアクションをまじえて、ステージじゅうを動き回る。何とも元気なおやじだ。そして予想してはいたが、演奏も歌も上手い。かなり神経質そうな雰囲気を漂わせながらも、イギリス人らしい笑いを適度に繰り出してくる。皆が皆、ヴェリー・イングリッシュな性格のようだ。フルートやアコーディオンの音色が、イギリスの湿気を含んだカントリー・サイドの空気を振りまいているのか。容貌もロック・ミュージシャンらしからぬものであり、何とも普段とは違った個性的なステージではあった。

決してヒロイックではない、この異形のロック・スターたちには、妙に親近感を覚えた。フルートを振り回しながら踊り、マイクに飛びつくようにしながら歌う姿は相当異様だし、片足立ちでフルートを吹く姿は雑誌などでよく見かけていたが、やはり異様だった。特にシアトリカルなアクションは、猛烈個性的である。ともあれ、イアン・アンダーソンに関して言えば、ロック・ミュージシャンらしからぬ風貌、副業として鯉の養殖で一財を成したということも、何やら普通ではないものがある。通常、ロック・ミュージシャンの副業は失敗するものだ。それが成功している上に、鯉の養殖ときたものだ。さらに1968年のデビュー当時から、メンバー全員が老人に扮装すること、度々。一体何の意味があるのやら。加齢ということをかなり意識した歌詞も繰り返し出てくる。「ロックン・ロールにゃ老だけど死ぬにはチョイト若すぎる」というタイトルのアルバムまである。

なかなか楽しいMCをはさみながら、名曲「アクアラング」で盛り上げ、スタンディング・オヴェイションのままアンコールに突入し、1時間50分のステージは終わった。メリハリのある歌と演奏と変な踊りが、時間を忘れさせてくれたのか、膝も腰も痛くならないで済んだ。帰り道、雨がポツポツ落ちてくる中を、思い出し笑いが止まらない状態で、これは観ておいてよかったと思ったものだ。格好よくないロック・スターというのもありなんだな、と思うと、何となく嬉しくなってしまったのだ。やはり周囲を見回すと、おやじどもが笑顔を浮かべて、ゾロゾロと歩いている。「頼むから家に帰って、踊らないでくれ。」といった雰囲気だ。当夜の公園通りの坂道は、かなり異様な光景だったのではなかろうか。ともあれ、おやじにはおやじなりの楽しみがある。それはそれでいいではないか。そんなことを考えながら下ってくる坂道は、殊のほか冷たい雨粒混じりの風が吹いていた。実に天気までもが英国的な夜だった。

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