毎月、それなりの数のCDやLPを購入する身としては、やはり防衛手段は輸入盤もしくは中古盤、それともオークションなどを上手く使って、少しでも安く手に入れることしかない。つまり滅多に国内盤の新品などは買わないというわけだ。新盤がリリースされれば必ず買うような好きなミュージシャンが、たまに日本盤のみにボーナス・トラックが収録されているような盤をリリースする。これが最も悩ましいわけだが、そういう場合でも、少し待って極力中古盤で入手するようにしている。ただし宇多田ヒカルや平井堅などの日本人のもの(実は結構好きだったりするのである)はそういうわけにはいかないので、高いなあと思いつつ買うが、洋楽ではほぼあり得ないに近い。そんな自分が、久しぶりに洋楽の国内盤CDを、しかも予約までして、買ったのである。
ものはジム・コウプリーという英国人ドラマーのリーダー・アルバム、「スラップ・マイ・ハンド」である。なんと54歳で初アルバムだ。チャーなどのミュージシャンを抱える江戸屋からのリリースなので、日本先行発売といわれても、何だかなあと思う。英国でちゃんとリリースされればいいが、と思いたくなるほどだ。とにかく、ジェフ・ベックが参加しているという情報を得た時点で、即決である。ジェフ・ベックの音源は、確かに知りうる限りすべて入手しているはずだ。彼に関しては、もう見さかいない。オンラインでしか発売しないという触れ込みだったライヴ盤もしっかり手に入れた。後に来日記念盤として発売された音源だが、つまるところ、それだけ好きなミュージシャンだというだけのことだ。
そもそも、ジム・コウプリーというドラマーをよく知らない。アン・ルイスやチャーのバックアップをしていたということ、またポール・ロジャースやプリテンダーズのアルバムに参加していたということ、そして1990年に開催されたネブワースのライヴ・アルバムにも参加しているということ、その程度の知識である。広告によると、あの幻のバンド、UPPのドラマーとしてデビューとある。これには、少々ひっかかった。ジェフ・ベックがプロデュースして2枚のアルバムを1970年代にリリースしているUPPのアルバムは、コレクターズ・アイテムというべきレアもので、なかなか入手困難だったのである。自分は何とかアナログ盤も入手していたが、CDで再発されたときも、飛びついたものだ。とにかく売れなかった盤である。確かに何かが欠けている気がしていた。従って今回のアルバムも、一抹の不安を抱きながら、それでもジェフ・ベックが参加しているから、という程度だった。
そして、待ちに待ったブツが到着した。たまたま出かける直前というタイミングに届いたので、クルマの中でお初に聴くこととなったのだが、1曲目が終わる頃には、もうニコニコ顔になっていたと思う。2曲目が始まってガッツ・ポーズである。素晴らしい。あまりに素晴らしい内容なのである。これぞ探し求めていたタイプのアルバム、といっても過言ではないほど、最近の自分が好んでいるスタイルの楽曲が飛び出してきたのだ。思わず赤信号で、クレジットを確認してしまった。ヴォーカルはピーター・コックス・・・、ゴー・ウェストだ。あの男がこんなに渋いヴォーカルを聴かせているのか。そして、何とも切れのよいドラムス、音の抜けも素晴らしくよい。3曲、4曲と聴き進んでいくうちに、さらに興奮してしまった。これはもう今年最高の一枚が登場したぞ、と確信したものだ。前夜のドライヴの興奮が冷めやらず、翌朝は普段より早く起きて、あらためてじっくり聴き直したほどである。
ドラマーのリーダー・アルバムというと、思い出せるものは案外少ないが、それでも印象的なもの、好きなものが多いことも事実だ。圧巻だったのは、故コージー・パウエルの諸作だろう。ベスト盤がつくれるほどリーダー・アルバムをリリースするドラマーは、ジャズの場合はあり得ても、ロックの世界では珍しい。意外なのは、カーマイン・アピスやサイモン・フィリップスのリーダー・アルバムが、いずれもポップで非常に聴き易く、テクニックをひけらかすようなものになっていないことだ。常に有名ミュージシャンのバックアップをしているような有名ドラマーは、その辺のさじ加減がよくわかっているということなのだろうか。
また、ドラマーのリーダー・アルバムの楽しみの一つに、ゲスト陣の顔ぶれというものがある。もちろん今回の「スラップ・マイ・ハンド」の場合、やはり目玉はジェフ・ベックだが、他にもバーニー・マースデン、ミッキー・ムーディー、ニール・マーレイの初期ホワイトスネイク陣がこぞって参加しているし、日本からはチャーも参加している。ポール・ジャクソンやピノ・パラディーノのベース陣も、ここではかなりいい味を出している。そして、前述のピーター・コックスのヴォーカル参加は、アルバムのカラーを決定づけるほど強烈な印象を与える。こんなにすばらしい喉を持ったヴォーカリストだったとは、認識不足だったと言わざるを得ない。
それにしても、すべてにおいて、虚を突かれたようなものだった。選曲に関しても、同じことが言える。冒頭1曲目がB.B.キングの「エヴリデイ・アイ・ハヴ・ザ・ブルース」ときた。まず、これにやられた。この曲、大好きなのだ。プリミティヴであるがゆえに強くうったえてくるブルースの歌詞の中でも、「エヴリデイ、エヴリデイ、エヴリデイ、エヴリデイ・・・」と繰り返される部分が、毎日、毎日という強調の意味と相俟って、心にズシンとくるのだ。ブルースマンの中では、B.B.キングはあまり好みではないのだが、この曲だけは妙に好きだった。ピーター・コックスの声で歌われる「エヴリデイ〜」は、もう強烈!の一言、オリジナルよりも余程好きなテイクかもしれない。また、名盤「ゴリラ」に収録されていた、ジェイムス・テイラーの「ユー・メイク・イット・イージー」のカヴァーもいい。実に渋い。とにかく必聴である。
期待して買ってみて期待外れのものが多いなか、予想外にいい買い物をしたときの嬉しさは、ある程度数をこなした相手にでないと、実感として伝わらないだろう。それでも、今回は手放しでオススメしたくなるアルバムに出会ってしまったのだ。そもそも、音楽は一期一会、生きていく上でどうしても必要なものではないだけに、いいものに出会えて、しかもそれが生きる力になる場合すらあることが嬉しい。そしてまた、ここから新しい人脈を辿って、新しい出会いがあるかもしれないと思ったとき、妙にワクワクするのだ。これもちょっとした、生きる力なのだろう。そういえば、最近、そんなワクワクするような出会いって、なかったなあ。・・・勿論、音楽の話ですよ、音楽の。