下町探偵団ロゴ万談ロゴ下町探偵団ハンコ
東京下町Sエリアに関連のある掲示板、コラム・エッセイなどのページ
 トップぶらりグルメくらしイベント交通万談 リンク 

下町音楽夜話

◆第320曲◆ 両国のソウル・バー


2008.8.9

月初めの金曜日の夕方、5時過ぎに携帯電話が鳴った。下町探偵団の元さんからである。タイミングからして飲もうというはなしかと思ったが、遠からずである。両国にあるソウル・バーが閉店するというから、その前に行こうというお誘いだったのだ。バタバタした月末をようやく乗り切って、今日は早めに帰って寝ようと思っていた矢先だったのだが、どうもこういう話には弱い。二つ返事でOKしてしまった。夜にも少し予定していた仕事があったので、さっさと片付け(こういうときは早い)、一旦帰宅して、シャワーを浴びてから素早く夕食を済ませ、出かけることとなった。

自宅がある大島から両国というのは案外行きにくい位置関係にある。都営新宿線で森下まで行き、大江戸線に乗り換えて1駅という手段もあるが、何とかJRの亀戸駅まで出て両国まで行ってしまったほうがラクかという気もする。散々迷った挙句に、地下鉄を選んだ。待ち合わせは23時である。普段は職場と自宅の間の往復以外、週末でもないとなかなか出かける機会がない生活なので、こういうお誘いは積極的に受け入れるべきだと常々考えてはいるのだ。それでも翌日の仕事のことを考えると、なかなか夜に出かけるのは面倒になってしまう。真面目というのでもないのだが、夜遊びは苦手といった部類の人間なのである。

両国のソウル・バーというのは、SOUL BAR フィラデルフィア・モーター・タウンのことである。世の中にソウルを聴かせる店自体がそんなに多くはないので、音楽好きの間では有名店と言っていいだろう。あくまでもクラブではなくソウル・バーというあたりが、我々オヤジには惹かれる部分があるのかもしれない。踊ることを目的とした広いフロアがあるわけではない。店の入口を入った正面にカウンターがあり、左手に進むと少し広い空間にビリヤード台がデンと居座っている。普段は入口わきのブースでさらを回しているということだったが、この日は閉店1日前ということで、もうお祭り状態になっており、ターンテーブルはビリヤード台のそばに移動していた。吊り上げられた小さなモニターでは、いかにもというところでスパイク・リーの「モ・ベター・ブルース」が映し出されている。こういう店の有り難いところは、視線のやり場に困らないことだ。特徴もない内装の店舗で面と向かって飲んでいると、意識して会話をしなければいけなくなることがある。こういう店ではボーッとしていても気にしないで済む。その気軽さが嬉しい。

スピーカーはJBLの業務用といった類のものが、カウンターうしろの棚上に据え付けてある。その脇には昔懐かしい大型イコライザーが安っぽい明かりをちらつかせ、しっかり低音を出していますよとアピールしているようで好ましい。アナログ系のアンプらしい音で、エッジが立っていない。随分柔らかい音だ。この狭さであれば発熱も相当のものだろうから、フル稼働は無理だろう。そんな機器で鳴らしているので、昔の音源の方がよく鳴ることは想像に難くない。ラップ以降のヒップホップ系はあまり得意ではないので、若い人向けの店には行くこともないのだが、こういう店ならたまに遊びにくるのも悪くはないな、などと思ってみたものの、明日閉店ではたまにもあったものではない。残念に思えるが、やはり、もうそういう時代ではないのかという気もしないではない。音楽はすっかりプライヴェートなものになってしまったのだ。それでもたまに仲間と盛り上がれる店があるというのはいいものだ。こういう店には頑張って欲しいのだが、やはりレッドブック種ということか。

両国の駅前、マックの隣りにあるビルは、ちゃんこ霧島の大看板と幟旗がはためき、さすがに土地柄だなと思わせる風情だが、ソウル・バーはこのビルの5階にあった。表からは入ることができない作りのビルで、裏手に回ると看板がある。古臭いエレベーターに乗ると、5階以外はすべてちゃんこ霧島であることが知れ、これでは無理もないと思ってしまった。結局このビルは全フロア、ちゃんこになるのだろう。ソウル・バーの経営に行き詰って、ということではなかったのだ。では移転して、どこかで続けられないのかという気もしないではないが、そうそう都合がよい空き店舗もなかろう。絶好のロケーションがかえって恨めしいようで、一層寂しくなってしまう。

流れている音楽を聴いていて、みんな知っているフレーズなんだけど、みんな知らない曲なんだな、と思った。何たらミキシングとかいうものなのだろうが、元ネタはグローバー・ワシントン・ジュニアの「ジャスト・ザ・トゥ・オブ・アス」だったり、ドゥービー・ブラザーズの「ロング・トレイン・ランニン」だったり、マーヴィン・ゲイだったり、スティーヴィー・ワンダーだったり、といったところなのだ。ただし、そのままではなくて、いろいろ被せてあるヤツなのだ。ハウスなどというものでもないが、混ぜ合わせて、ノリがよくなっているので、踊りやすいのだろう。加えて美味しいフレーズを取り出して強調してあったりもするので、案外面白い。

おとなしく座って、オリジナルに耳を傾けるのも悪くはないが、スタンディングでちょっとノリながら、カウンターを叩いてリズムを取っているのも悪くはない。音楽は、それぞれが好きなスタイルで楽しめればいいのであって、こうしなければというのがないから、気楽でいいのだ。そこそこ強烈な低音に身を委ねながら、何とかもう少し低音を出したいなあとオーディオセットをいじくり回していた10代の頃を思い出して、非常に気分がよくなったものだ。結局コロナ・ビールを2本空けて、まだ終電前のJRで帰ってきたのだが、猛烈に混雑した車内が異様に静かで気分が悪くなりそうだった。慌ててiPodのイヤホンを耳に入れて考え事を再開したのだが、店を出てくるちょっと前に聴いたスティーヴィー・ワンダーの「迷信」が無性に聴きたくなってしまった。しかし、すっきりしたiPodの音質に呆れるだけだった。

結局、電車をおりて、すぐさまボリュームを上げて、ラウドな世界に戻ったものの、当然ながら物足りない。音楽にとって、やはり雰囲気は大事なんだ、などと思いつつ、そういった楽しい場所が無くなっていく寂しさが妙に沁みてしまった。青臭い時代の終わりをいつまでも引きずっているようなオヤジには、こういうのがこたえるんだ、などと考えながら、冷えてきた夜中の空気がことのほか心地よかった。しばらくこういうことはしてなかったなあ、などと思いつつも、酔いと疲れでヘラヘラしながら歩いている自分が可笑しくて、一人笑いながら夜道を歩いてしまった。すれ違った人がいたかすらおぼえてないが、さぞかし気持ちわるい奴だったろう。


江東区、墨田区、中央区、台東区のネットワークサイト