懐かしい大物ミュージシャンの来日公演が続くというのは、それなりに嬉しいことではあるが、反面マイナス面もある。あまりに日程が詰まっていて、先月のザ・フーのライヴの翌週にキャロル・キングとジャクソン・ブラウンのコンサートがあるというのも、少々残念な結果になってしまった。その反面、キャロル・キングは、ギターを交換してもらっているときに、「ザ・フーのメンバーになったみたいね」と話を向けておいて、ピート・タウンゼントお得意のウィンドミル奏法の真似をして、腕をグルグル回しながら「ファンタスティック!」と楽しそうに言い放ち、「ザ・フーのライヴ観た?」などと客席に向かって問いかけていたりしたものだ。これは、こういうシチュエーションでもない限り有り得ないだろう。
マイナス面について軽く触れておこう。それは当然ながら、先に観たコンサートの印象が一気に薄れてしまうことだ。今回、ちょうど11月22日から24日にかけての3連休の時期に来日してくれたこともあり、仕事のスケジュールなどを気にせずに行けると思い、最初は喜んだものだった。しかし、22日にキャロル・キングのアット・ホームな雰囲気のライヴを国際フォーラムで観て、2日後に新宿の東京厚生年金会館大ホールでジャクソン・ブラウンを観てしまったら、キャロル・キングの素晴らしかったライヴの印象が吹っ飛んでしまったのだ。大好きな曲が何十曲もあるキャロル・キングに関しては、どんなセットリストでも完全に満足することが有り得ないので、最初から諦めもあった。むしろ、特別に好きな「つづれおり」の名曲群から数多く歌ってくれたので、望外の喜びでもあったのだ。
しかし、吹っ飛んだ。ジャクソン・ブラウンのコンサートの1曲目「ブールヴァード」で、もう完全に吹っ飛んだのだ。ベスト盤にも収録されていないようなこの曲をやってくれるとは、全く期待していなかったのである。ジャクソン・ブラウンに関しては、それほどコアなファンではないということを最初にお断りしておく。大好きなギタリスト、マーク・ゴールデンバーグが同行するというのでなければ、今回のコンサートは行かなかったかも知れない。自分の場合、完全にマーク・ゴールデンバーグ目当てで行っているのだ。とにかく、ジャクソン・ブラウンの初期の名盤群は、1980年代になってから遡って聴いたようなものなのだ。1970年代後半から80年代のアルバムにかけて、どんどんロック色を強めていった、このウェストコーストのグッド・メロディメイカーは、ラヴソングを書かせたら抜群に沁みる歌詞を書くクセに、1980年代にはロック色を強めるとともに、歌詞が政治的なものになっていき、人気も下降線をたどったのである。TOTOの登場以降、西海岸のサウンドは、一気にハードロック寄りになっていた時期だったのである。
自分の場合、1980年にリリースされた「ホールド・アウト」というアルバムで、彼の曲が好きになった。「ザット・ガール・クッド・シング」と、今回1曲目に演奏してくれた「ブールヴァード」という2曲のロック・チューンをFENで耳にして、レコード店に買いに走ったのである。今でも忘れられない。秋葉原の石丸電気だ。輸入盤のアナログ・レコードのあのジャケットを手にとったときの感触を、今でも思い出せるほどだ。フォーキーな人だと思っていたのに、意外に格好良いリフを聴かせてくれた。シンプルゆえに余計に格好良かったのである。シンガー・ソングライターは、1980年代には時代遅れと捉えられ、不遇をかこったのだ。そういった意味では、見事に時代の変化に適合できたジャクソン・ブラウンは、「ホールド・アウト」で初のナンバー1に輝いた。映画「初体験!リッチモンド・ハイ」のサントラからシングル・カットされた「サムバディズ・ベイビー」の大ヒットをはさみ、続く「ローヤーズ・イン・ラヴ」も大ヒットした。しかし、レーガン政権の中南米政策を批判した1986年の「ライヴズ・イン・ザ・バランス」は、支持する人は多かったが、1970年代のアルバムのような深みのある魅力があったとは思えなかった。
今回のジャクソン・ブラウンのコンサートの内容は意外なものだった。最新盤「時の征者」の曲が多かったのは、予想通りだったが、「ブールヴァード」からスタートした前半にロック・チューンを集めてかなり盛り上げておいて、休憩を挟んだ後半は往年のヒット曲中心かと思いきや、落ち着いた曲を集めてはいるものの、やはり新盤の曲を中心に据えた展開だったのである。とにかく、以前のコンサートと違って、ろくにMCを挟まず、感謝の言葉と、軽い曲紹介と、メンバー紹介だけでどんどん進行していった。自分の場合、かえってその部分が気になってしまったのだ。2003年5月に来日したときは、イラク戦争直後ということもあり、自国の政策に恥じ入るようなコメントを述べたりしていたのに、今回は何も言わずに黙々と演奏していたようなもので、何だか諦観すら感じてしまったのだった。
しかし、さすがに「ライヴズ・イン・ザ・バランス」は、マーク・ゴールデンバーグの多彩な音色もあり、無国籍的なワールド・ミュージック風にアレンジされており、しかも異様なまでの不気味さを湛えた演奏になっていた。また、アンコールの最後は、お約束のように「テイク・イット・イージー」だったが、その一曲前は、前回は最後の曲だった強烈なレゲエ・チューン「パトリオット」だった。ここでもボソボソと曲紹介はしていたが、とてもメッセージを伝えるというしゃべり方ではなかった。しかし、かなり本格的なアレンジを施して、盛り上げてはいた。
今回の来日メンバーは、黒人女性2人のコーラスと、やはり黒人のキーボーダー、ジェフ・ヤングを含んでおり、この3人がかなり腰の強いグルーヴを打ち出していたので、R&Bっぽいフレーズも散見され、これまでのジャクソン・ブラウンのライヴとはかなり趣きが異なっていたのは事実である。どうも、時期的にアメリカでは初の黒人大統領が誕生した直後で、サブプライム・ローン問題で経済的にはボロボロ状態のアメリカが、政治的にはまだ自浄力や自力回復力を期待させる選択をした時期だっただけに、どういったコメントをするか気になっていたのだ。それが無言に近い内容だったのである。何かを期待していたわけではなかったのだが、少々肩透かしをくらわされたような印象を持ってしまったのである。
今回のコンサートの内容が、この男が悩みぬいた末の無言のメッセージであるならば、一応納得はする。そうではなくて、言葉が通じないからということで、日本人の暖かい歓迎に感謝しているだけ、というのであれば、もう彼のコンサートに行くことはないかな、という気もしてしまっている。そういう風に映っているのであれば、何だか現場にいることが恥ずかしくなってしまいそうだ。さてさて、実際のところはどうなのやら。詳しくは知りたくないような気もしている。