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下町音楽夜話

◆第364曲◆ 前略おふくろ様


2009.6.13

「前略おふくろ様」を覚えているだろうか?一定の年齢以上の方なら当たり前だと言われるかもしれない。下町を舞台にしたテレビドラマはいくつかあるが、絶対に忘れてはならないものの一つが「前略おふくろ様」である。倉本聰による脚本の出来は素晴らしく冴えており、登場するどのキャラクターもストーリー展開に欠かせないものだ。放映されたのは1976年から77年にかけての頃である。木場の材木商が新木場に移転を強いられ、移転を開始したのが1972年であるから、この時期にしか撮影できない貴重な歴史的背景をストーリーに内包しているのである。

舞台となったのは木場の料亭「分田上」である。新木場移転が経営に影を落とすなか、けなげに生きる庶民の闊達とした姿を描写する技は、後のテレビドラマに大きな影響を与えたとも言われる。そうした庶民の心を代弁する主役の片島三郎、通称さぶを演ずるのは萩原健一。「分田上」の三番板前であり、無口でシャイな性格の田舎者である。そもそも、この設定が絶妙なのだ。「粋」で「いなせ」な江戸っ子気質、もっと言えば「張り」と「意気地」を尊ぶ辰巳っ子気質は威勢のよい江戸の祭りの代表、富岡八幡の祭りに色濃く残る。しかしその江戸とて、田舎者が集まってきてできた世界一の大都会だったのだ。本来なら、そういった江戸の名残りが消えていくことを嘆く役回りは、江戸っ子の方がはまり役のようにも思えるが、あえて田舎者を主人公に据えて、その取り巻きを生粋の江戸っ子が固めているのである。このあえて外部のものが、覚醒した目で環境の変化を冷静な視線とともに語ることが、不特定多数のドラマ視聴者に他人事ではないかたちでの参加を促すのである。

新木場移転という昭和の一大まちづくり施策は、防災や物流の近代化など、理屈では理解できる歴史的な営みではあるが、そこで暮らす人々には、やるせない思いが残ったに違いない。江戸固有の文化が形成されたのは江戸時代の中期から末期だが、文明開化とともに近代化という大義名分にもならない破壊行為が始まり、明治、大正、昭和という時代は、「江戸」をことごとく消し去っていく歴史でもあるのだ。明暦の大火を起点にまちづくりが進んだ江戸を支えた木場は、日本橋から佐賀町に移り、現在の木場のあたりに600軒からの材木商が営む一大産業地を築いたが、その名残りを伝える掘割を埋め立て、沖合いの埋立地に新木場をつくり、近代化に貢献したというのである。そこにある矛盾と、盛者必衰の虚無感が、独特のやるせなさを醸しだしているのである。

それぞれに人生の悩みを抱える一癖も二癖もある登場人物が取り巻くなか、彼らとの接触によって成長していくさぶの純粋な心情が、江戸情緒にダブらせるように描かれており、高度経済成長がもたらした効率的すぎて人間的な温かみに欠ける経済中心社会の心の闇を、かなり遠回しに描き出しているのだ。取り巻きのキャスティングは、今更に唸らされる。さぶが憧れている板前頭、村井秀次は梅宮辰夫、さぶの部屋に住み込んでしまう又従妹の海ちゃんは桃井かおり(彼女とは1974年の映画「青春の蹉跌」でも共演していることがキャスティングの伏線になっているようにも思う)、結果的にさぶと一緒になる仲居のかすみちゃんは坂口良子、大女将の北林谷栄、若女将の丘みつ子、みな素晴らしいキャラクター設定だった。またピラニア軍団として、室田日出夫と川谷拓三がメジャーになったのもこのドラマからである。

木場の旦那衆に愛された料亭が経営難に陥っていくという設定など、さすが倉本聰の脚本だけに説得力があり、やるせなさをともなった空気がドラマに通底している。30年以上も前の製作とはいえ、確固たる題材が背景にあるからか、全く色褪せることがない。見事なキャスティングと相まって、素晴らしい作品として結実しているのである。高度経済成長期とその後の日本が持つ独特の悲哀が確かに感じられる。平成になって、昭和の名残を楽しんでいる自分のような人間にとって、昭和も江戸の名残を破壊していった時代だったことを思い出させる貴重なものなのである。

先日、井上堯之バンドの演奏が収録されている「前略おふくろ様」のサントラ盤を、ダウンタウン・レコードで見つけて、大喜びで購入してきた。井上堯之は、70年代に多くの若者に多大な影響を与えたテレビドラマのサウンドを多く手がけている、日本屈指のコンポーザーである。スパイダースからPYGへの時代が忘れられないおじさんたちも多いだろうし、日本レコード大賞に輝いた近藤真彦の「愚か者」の作者としての井上堯之を知る、もう少し若い人たちもいるだろう。しかし我々の世代にとっては、「前略おふくろ様」や「傷だらけの天使」や「太陽にほえろ」の井上堯之なのではなかろうか?サントラ盤のライナーの裏面には、手書きの楽譜まで掲載されている。いかにこのドラマの演出に重要な役割を果たした楽曲群だったかを物語っているようで、微笑ましい。

自分は、井上個人名義の1980年の英国録音盤「イッツ・ネヴァー・トゥ・レイト」が大好きだった。この盤は、英国のジョン・レノン邸で録音されたという逸話がある上に、ローリング・ストーンズの黄金期を支えた英国屈指のブルース・ギタリスト、ミック・テイラーが大々的にフィーチャーされている。また、現在もミック・テイラーのバックで渋いベースを弾いているクマ原田も参加している。井上堯之の音楽世界の中で鳴り響くミック・テイラーのスライドギターは、強烈なインパクトとともに、脳裏に焼きついている。ワン・アンド・オンリーな音世界であり、その個性がいい方向に強く出た盤だと思っている。現在まで続くミック・テイラーとクマ原田の関係も、ここまで遡って考えると案外面白い。どちらも、独特のリズムの中で、しっかり個性を打ち出して自己表現しきっている。ここで築かれた信頼関係があってこその現在があると考えるのは穿った見方かもしれないが、そう思いたくなるほど2人ともいい演奏を聴かせている。

思うに、「前略おふくろ様」の映像や、このサントラ盤といったものは、江東区の近現代史を語る上では、欠かすことのできない貴重な資料のはずである。何せ江東区の昭和史の中でも重要な「新木場移転」という一大事が背景に描かれているのだ。しかもその時代の空気が映像の中に詰め込まれているのだ。どうしてこんな貴重なものが忘れ去られているのだろう。この国ではドラマなどのサブカルものは、重要さが理解され難いようだ。小津安二郎の映像を、誰もが貴重であると認めるように、倉本聰が脚本したこのドラマの映像も、時代が時代だけに、非常に貴重なものに思えてならない。やはり現在では、まだ利害関係者が多すぎるのだろうか?何だか勿体ない気がしてならない。


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