会場についても、ご本人がステージ上に登場しても、まだ現実だと思えないような気がしていた。あのスワンプ系のシンガー・ソングライター、ドニー・フリッツの来日公演のことである。来日のニュースをウェブサイト上で見つけたときは、本当に飛び起きて画面にかじりついたほどだ。そして、後先考えずにチケットを押さえてしまった。こういうライヴは仕事が忙しい時期だからなどと言ってはいられない。これを逃したら絶対に後はない。そもそもが腎臓の大手術をして、一命を取り留めたなどというニュースばかりが流れてきて、もうライヴなんてあり得ないと思っていたのだ。それでも、奇跡のカムバック盤と謳われた「ワン・フット・イン・ザ・グルーヴ」が素晴らしい出来だったので、全く期待してなかったわけでもない。むしろ、煽るようなアルバムだった。
如何せん、ダン・ペンのプロデュースだ。こういったスワンプ系の連中は、コンスタンスにアルバムをリリースしてくれるなどとは思わない方がよい。ヘタをすれば20年以上待たされる。それでもローカルな活動は続けているらしいので、現役感を失った過去の人間が小遣い稼ぎに来るのとはわけが違う。しかも今回は、ザ・デコイズの面々も一緒に来日するのだ。自分が押さえたチケットは月曜日の夜のO−EASTのものだったが、前々日の土曜日にタワレコ・インストア・ライヴを敢行したらしく、日曜日には、多くのブログなどで当のライヴのレポートが読めるといった有様だ。しかもかなり盛り上がったらしく、それなりに人気はあるということだ。デヴィッド・フッドを始めとしたデコイズの面々もサイン攻めに遭ったようだが、本人たちも意外だったのではなかろうか。
さて、O−EASTに早めに到着して開演を待っていたのだが、定刻になっても始まらない。というか、まもなく定刻というタイミングでも、まだデコイズの連中はステージをうろついてチューニングなんぞしている。10分以上遅れて現れたのはトムス・キャビンの浅田浩氏だ。最近の窮状や、どうやってこのライヴを実現までこぎつけたかなどといった話しをしてから、オープニング・アクトのカラ・グレインジャーのステージが始まった。兄のミッチー・グレインジャーを伴ってのステージだが、アコースティック・ギター2本という構成は渋い。ドブロ・ギターを抱えて弾き語りで歌う、白人女性のブルース・シンガーということだったが、意外にフォーキーな曲も多いようだ。You-Tubeで観た映像では、ボトルネックは使っていなかったのだが、ライヴではスライド・サウンドも駆使しており、かなり達者なギタリストと見た。今後が楽しみな新人さんであった。
さて、小休止をはさんで、まずはザ・デコイズのみで登場だ。実はこの展開を期待していたのだが、予想通りで嬉しいの何の。「ショット・フロム・ザ・サドル」で始まった演奏は、これまた予想通り、かなりタイトで重心も低く、実に心地よい。デヴィッド・フッドが芯の太いベースを弾いているのだから当然だが、何か気に障ったか渋面で始終していた。カウボーイのスコット・ボイヤーはテレキャスターのカッティング中心で、むしろヴォーカルに注力している。アメイジング・リズム・エイセスのケルヴィン・ホリーはテレキャス・タイプのギターでリード寄りの立ち位置だったが、何れも上手い人たちだ。掛け合いも堪能できた。しかし、さすがにマッスル・ショールズの強者どもの集まり、異様にまとまりがよい演奏だ。ドラムスのマイク・ディロンはパワフルでキレもよいし、キーボードのNCサーマンはいい感じの爺さんだったが、なかなかキメるところはキメていた。
途中クニオ・キシダが2曲で参加して、「プリーズ・ビー・ウィズ・ミー」を演奏した。これはスコット・ボイヤーが在籍したカウボーイの曲で、エリック・クラプトンのカヴァーで有名な曲だ。オリジナルほど渋く決めたわけではなかったが、なかなかいい雰囲気だった。さらに、キシダさんはレス・ポールに持ち替えて「ステイツボロ・ブルース」をハードに演奏してみせた。考えてみればオールマン周辺の人脈と言ってもいい連中がステージにいるのだ。これもいい選曲だ。この辺でもう期待を裏切られる心配がなくなったからか、思わず一気に興奮してしまった。続いてはスティーヴィー・レイ・ボーンばりに「メアリー・ハッド・ア・リトル・ラム」をケルヴィン・ホリーがバッチリ決めたあたりで、つれあいと自分が騒いでいたのが目についたか、その後キメのたびにケリヴィン・ホリーは我々の方を見てどんなもんだいという表情をして見せていた。2列目に座っていたので当然よく見えたのだろうが、何せ会場は気合が入った強者のオジサンだらけである。つれあいは会場にいる数少ない女性の一人だったからかもしれないが、そのうちステージを下りて話しかけてくるのではと思わせるほど、こちらの様子を気にしていたのには少々まいった。
さて、いよいよドニー・フリッツが登場した頃には、もう会場中が盛り上がって、かなり熱気を帯びていた。ドニー・フリッツもこれには嬉しそうだった。小さなホールとはいえ満席である。これは予想外だった。ドニー・フリッツは、昔ながらの優しい声で、ノリのいい曲とバラードを半々程度に聴かせてくれたが、やはりこの人はバラードの人だ。かなり頑張ってシャウトもしていたが、声の質は完全にバラード向きである。さすがに多くのカヴァーを生んだ名バラード「ウィー・ハッド・イット・オール」は、ひときわ大きな拍手が起こった。このあたりで、もう十分満足しきっていた自分は、終盤久々に立ち上がって騒いでしまった。後半に入っても、ケルヴィン・ホリーは難しいフレーズを弾くときに限って、こちらによく見えるように近寄ってくれたので、彼のギターは本当に堪能できた。
楽しげに演奏する面々とは裏腹に、渋面のデヴィッド・フッドが気にならなくもなかったが、そこはさすがに職人の集まり、演奏が荒れるでなし、最後までズッシリと重たい堅実なベースを聴かせていたし、楽しげな掛け合いにはしっかりと応答していた。メンバーを紹介したときにひときわ大きな歓声を浴びても地味なリアクションだったが、ひょっとしたら、いつでもああいう感じなのだろうか?デヴィッド・フッドはかなりメジャーなミュージシャンと一緒にやっているし(それを言えばみんなそうなのだが)、キャリアも長いのでやはり中心的な存在なのだろう。終盤に思ったのは、さすがに歴戦の強者たちだけに、メンバー紹介などがこなれているのである。実は最もデキがよいと感じたのはメンバー紹介だったりしたものだ。終盤「アイコ・アイコ」なども演奏してくれ、大いに盛り上がったライヴだった。これはもう今年一番の太鼓判ライヴだったかもしれない。しばらくは興奮冷めやらず、といったところである。