ウィリー・ネルソンのニュー・アルバムが発売された。毎回発売日を待って買うようなファンではないが、今回はリリースのニュースが流れ初めてから直ぐに予約を入れてしまった。というのも、ノラ・ジョーンズがフィーチャーされているということが第一の理由。もう一つ理由があり、今回のアルバム「アメリカン・クラシック」は、タイトルからも推察されるが、アメリカを代表する名曲のカヴァー集なのである。最近、こういったジャズ以外のスタンダード集が気になって仕方がないのだ。ノラ・ジョーンズは、フランク・レッサーの1949年の名曲「ベイビー、イッツ・コールド・アウトサイド」でデュエットをキメている。この曲は、大人の男女が歌ってこそ様になる可愛いラヴソングである。ここでの2人は少々年齢差が大きすぎる気もしなくはないが、とてもキュートな仕上がりとなっていて、何とも微笑ましい。
このアルバム、ブルーノートからリリースされている。最近はジャズ一辺倒とも言い切れないブルーノートだが、やはりレーベルに敬意を表したか、アルバムの一曲目は、ホーギー・カーマイケルの「ザ・ニアネス・オブ・ユー」である。そして「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」「カム・レイン・オア・カム・シャシン」と続くのだが、そんなにジャズ、ジャズした演奏内容ではない。ジョー・サンプルなどの小粋な演奏が軽やかで、何とも心地よい。また大好きな「エンジェル・アイズ」も収録されているあたりが嬉しい。ジャズに限らず、ポピュラー・ミュージックの歴史の中でひときわ輝きを放った名曲たちが、21世紀になってウィリー・ネルソンによって歌われることの感慨はそれなりに大きい。
ウィリー・ネルソンはカントリー・シンガーだが、アウトロー・カントリーと呼ばれ、伝統的なスタイルに納まってはいないタイプの人間だった。それが、常に新しいタイプのジャズを開拓していったブルーノートで、アメリカン・クラシックの数々を歌っているのだ。また、そこで大きな存在感を示したノラ・ジョーンズは、2003年のデビュー盤で巨額の利益をブルーノートにもたらした人間でもある。少し前のブルーノートは、ジャムバンドの梁山泊のような状態で、常に目新しい音楽が生み出されていた。しかし、そういったスタイルに拘らないところが、こういう目新しい試みとは言い難いながらも、伝統の枠からは明らかにはみ出した面白いアルバムを生み出すのだろう。そもそもが、即興演奏中心のビ・バップやハード・バップの時代から、モードやフリーを経て、ジャズという音楽は大きく変容した。そもそも音楽の録音方法自体が、そういったアドリブの閃きを捕らえるライヴ感を重視するものから、じっくり時間をかけて作るものになってしまった現在、ジャズ自体が昔の焼き直しでは通用しない環境を作り上げてしまったのだ。また、それ故に、ジャンルの垣根を飛び越えて活動するウィリー・ネルソンやノラ・ジョーンズといったミュージシャンの存在自体が、ジャズ本来のあるべき姿を示していると思えなくもない昨今なのだ。
最近は、オバマ大統領のおかげもあって、アメリカの歴史を紐解く機会が増えたこともあり、アメリカのスタンダード集を引っ張り出してきて聴くことが多くなっているのだ。そして、ここにきてもう一枚、気になるカヴァー集が発売された。ミスターCCR、ジョン・フォガティの2年ぶりの新作「ブルー・リッジ・レンジャーズ・ライズ・アゲイン」である。36年前の1973年、5年に満たない短期間でCCRの活動を終了させてしまったジョン・フォガティは、架空のバンド、ブルー・リッジ・レンジャーズとして1人で多重録音のカヴァー・アルバムをリリースした。その後、レコード会社との訴訟問題などゴタゴタが続き、満足に音楽活動ができなかった時期も長い彼は、散発ながらもリリースするたびにヒットを飛ばす実力の持ち主だ。このタイトルを目にしただけで、「これは気合の入ったカヴァー・アルバムが出るぞ」と思い至り、こちらも早速に注文しておいたのである。
届いたCDを聴いて、思わず涙が出そうになった曲がある。イーグルスのドン・ヘンリーとティモシー・B・シュミットをフィーチャーしての、「ガーデン・パーティ」である。リック・ネルソン&ストーン・キャニオン・バンドのこの曲は、決して忘れることはない、自分を音楽世界に引きずり込んだ曲の一つである。当時のヒット曲、数々のCCRのシングル・ヒットやこの曲の魅力は、アメリカという未知の大地への憧れを膨らませてくれたものだ。ブリティッシュ・ハード全盛期、一方ではグラムロックなどの魅力的な曲が多くヒットしていた1970年代初頭、CCRの魅力は別格だったのである。そして、「ガーデン・パーティ」を始めとした、カントリー・フレイヴァーを持ったポップなヒット曲は、どういうわけか、アメリカという国の広さをイメージさせたものである。こういった曲をバックにグレイハウンドで旅して周る夢を何度見たことか。この曲を聴くと、いまだに旅に出たくなる自分がいるのである。
ブルー・リッジ・レンジャーズの再訪アルバムには、他にも面白い曲がある。懐かしさでいけば、ジョン・デンバーの「バック・ホーム・アゲイン」も相当のものだし、渋い選曲というところでは、サザン・テイスト満点のジョン・プラインの「パラダイス」など、相当の通も唸らせるものだろう。そして、アルバムのラストに収録されている、ブルース・スプリングスティーンをフィーチャーした「ホエン・ウィル・アイ・ビー・ラヴド」はなかなか秀逸なカヴァーなのである。リンダ・ロンシュタッドによるカヴァーが忘れられないこの曲は、1960年にエヴァリー・ブラザースがヒットさせたものだ。カントリー・ロックのプロトタイプのようなこの兄弟は、ビートルズ、サイモン&ガーファンクル、CSN&Yなどにも影響を与えたというし、後々になって当時新しい音楽としてカントリー・ロックの新境地を開拓していった連中が、みな心の師として仰いでいたということを口にしている。本作のテイクは、男性2人のせいか、オリジナルに近いテイストのように感じてしまう。しかも、楽しそうに歌っているのだ、オッサンたちが。
アウトロー・カントリーのウィリー・ネルソンが、ジャズの大本山に乗り込んで作り上げた「アメリカン・クラシック」、サザン・テイストやカントリー・テイストを効かせたロックンロールをブルージーに歌うことが得意だったジョン・フォガティのカントリー・テイスト満点のカヴァー集「ブルー・リッジ・レンジャーズ・ライズ・アゲイン」、どちらも負けず劣らず、魅力に溢れたアルバムである。こういったアルバムを聴いていると、アメリカの懐の深さのようなものを感じてしまうのだ。おバカな大統領のせいで一時期魅力を失っていた自由の大陸は、極東の島国でFENにかじりついて育った人間にとっては、脳髄まで沁み込んでいる憧れを湛えたものだったのである。