先日、東陽町のダウンタウン・レコードで、「出張ブランディン〜モノラル・サウンド・システムで聴く、モノラル・シングル試聴&即売会」というイベントが開催された。音楽業界では知らない人はいないとも言える茅ケ崎にある有名なカフェ「ブランディン」は、国内最大級の個人コレクションを誇るアナログ・レコード・パラダイスである。オーナーの宮治淳一さんはFM東京などでDJもやられている有名人である。あえて私がここで紹介するまでもないだろう。台風情報を気にしながらのお盆の帰省ラッシュ初日の夕方、そうそう都合のいい人はいないだろうと思っていたが、やはりマニアックな人間はいるもので、若いカップル1組、若いオネエサンがお一人、あとは私を含めオヤジが4人ほど集まっていた。
イベントでは、1950〜60年代のモノラル盤7インチを、1950年代の東独でつくられたというスピーカーと、手作り風の2wアンプで鳴らしながら、宮治さんが解説を付けていたのだが、いやはや予想をはるかに超えた音でビックリした。もの凄い音圧と単音源が作り出す広がりのある音、真っ直ぐに音が飛ぶことは理解していたが、あれほど広がりのある音が出るとは、意外であった。確かに音の到達時間のズレで、奥行きを再現することはできるだろうが、それを実現するだけの技術が1950年代にあったというのか。俄かには信じられないのだが、実際に聴かされると信じないわけにはいかない。やはりその時代のレコードはその時代のシステムで聴くのがイチバンというわけだ。これは、現代のシステムで鳴らしても、のっぺりとした、つまらない音になってしまうのではなかろうか。
しかも、恐ろしくマニアックな話題に終始しているにもかかわらず、全てのお客さんが頷きながらついていけているという恐ろしい空間がまた微笑ましくもあった。単にアナログ・レコードが好きというに留まらず、モノラル音源に拘るとなると、もう話が通じる人間が国内でも数えるほどしかいないという気がするが、案外隠れファンはいるのだろうか。自分の耳にどれだけ自信が持てるかという話になってしまうが、このホームオーディオも廃れ、CDすら売れなくなってしまった2014年に、モノラル音源で聴いた1950年代のポップスの音質がいかに素晴らしいかということを説いたところで、どれだけ真に受けてもらえるのか。自分は周辺の人間に素晴らしかったと触れてまわっているが、さて他の皆さんはどうしているのやら。
そして、問題はそこでかけられていた音源だ。ローリング・ストーンズの「リトル・レッド・ルースター」で始まり、イベント本編の最後はボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」と書けば、スバリ自分の好みに合致していたように思われるかもしれないが、実際は非常にバラエティに富んでおり、50年代のポップス等は自分には正直全然分からないので、聞き流していた。途中フリートウッド・マックの「アルバトロス」などという渋いインストものもかけていたが、あれは確かに不思議なヒット曲である。何故ヴォーカルもないあの曲がシングル・ヒットしたのかは謎に近い感覚である。とにかく、そこで感じていたのは、古い音源のシンガーはみな歌が上手いなあということである。日本国内にしても、昭和歌謡の頃はまだよかった。アイドル全盛期に一気にクオリティが落ちていったのは致し方ないが、海外ではパンクの時代と符号するか。如何せん、昔のシンガーは歌が上手いことに唸らされる。
宮治さんも私のカフェの計画には興味を持っていただいて、「開業したら絶対呼んで。アナログ・レコード持って馳せ参じますから。」と言ってくれている。さて、宮治さんをお呼びして恥ずかしくない音質のシステムが組めるのか…、チューニングの追い込みに一年くらいかかるかなと思っていたが、そんな悠長なことは言ってはいられない。また、件の東独製スピーカー等をリプロダクトした、代々木のヴィンテージ・ジョインというオーディオショップを紹介され、ぜひ一度行ってみろと言われている。個人的には非常に興味のあるシステムだが、ヴィンテージもので押し通すというわけにもいくまい。
カフェに導入するシステムは、スタッフ誰もが操作できるもので、使い勝手がよくて耐久性のあるものにするべきだろう。自ずと選択肢は絞られそうだ。それでもこだわり抜いて選ぶつもりではある。カフェの特色を、マニア向けにするという選択肢も無いわけではないが、あまりにマニアック過ぎると一般人が入店しづらくなってしまうだろう。やはり美味しいドリンクとフードがあって、心地よい空間にいい音が流れているという線でないと、気軽にランチをということにならないではないか。BGMはやはり、ジャズか古めのポピュラー・ミュージックあたり…あれ、結構悩ましいかもしれない。どのみち、マニアックな選曲になりそうだな。