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元さんのとっておき
■第41回 『駄菓子屋の思い出』
02年06月16日
前回、駄菓子屋をみつけた話をしたので、今日はその駄菓子屋さんにまつわる話を少し・・・
昔は駄菓子屋さんって、結構たくさんありましたねえ。
今思えばたいしたもんだと思うんですが、知ってる限りの駄菓子屋を今日はあっち、明日はこっちとよく歩いて買いに行ってましたねえ。子供の頃って交通手段って自転車か徒歩しかないんですが、随分と広範囲に渡ってました。
大人になって車でその近辺まで行くと、よくこんなところまでしょっちゅう来てたと思いますよ。

その中でもメインだったのが、私の通っていた小学校の前の駄菓子屋さん。一応、学校指定の文房具屋さんなのですが、誰も文房具なんて買いません。駄菓子ばっかり。
でも駄菓子はよく売れてました。店先に縁台なんかあって、誰かしらそこに座って絶えず店先に子供がたむろしてましたねえ。
今にしてみれば不思議なんですが、ぼくらの遊びってこの駄菓子屋さんによって決まるんです。
駄菓子屋さんって駄菓子の他におもちゃも売ってますよね。この駄菓子屋さんがビー玉を仕入れれば、一時期子供達の間でビー玉が流行ります。みんな公園の砂場でビー玉を転がしています。銀玉銀砲を仕入れれば銀玉銀砲が、めんこを仕入れればめんこが流行ります。
駄菓子屋って私達の社交場でもあり、私達の行動を左右する場でもあったんですね。とにかく私達にとって大きな存在でした。

でも、駄菓子屋さんって、現在大人になって行ってもそうですが、いろんなものが売ってて楽しい空間ですよねぇ。子供だったら尚更ですね。
あれがほしい、これがほしいってえらんでいるうちにすぐ時間が経ってしまいます。
いろいろ売ってましたねえ。今じゃとうてい売れないようなものも含めて・・・
たとえば、すももや麩菓子。昔ってあんな味でしたっけ。昔は衛生のことなんかあまりうるさく言われなかったから、今では禁止になったチクロとか入ってましたよね。黒砂糖なんて使った上品な麩菓子じゃなくて、もっと毒々しい色の体に悪そうな味。あれが懐かしいですよね。
いろんな物を買いましたが、今でも気になるものが2つ程あります。
ひとつは、試験管のような筒に入った、色のついてる糊のようなゼリーのような駄菓子。竹ひごのような棒でほじって食べます。くじが付いていて、当たると更に大きいのがもらえます。あれも絶対に体にはよくない素材を使ってたんだろうなあ。
もうひとつは、食べられる紙。紙に甘い汁のようなものが染み込ませてあって、紙ごと食べられます。これもくじが付いてて、当たると更に上質の物がもらえます(何が上質なんだかよくわかりませんが)。
今思えば、あれはやっぱりわら半紙などの本当の紙で、しみこませてあった甘かった汁はやっぱりチクロあたりだったんでしょうねえ。紙を食用として販売していいのかなんて、昔は関係なかったんでしょうねえ。ま、とにかくいろんなものが売ってました。

駄菓子屋といえば、前回も書きましたが忘れてはならないのが店主のおじいさん、おばあさん。
よくよく考えてみればわかりますが、あんな商売、若い人にはできません。10円、20円のものをいくら売ったって、そうそう利益があるとも思えませんから。つまり生活のためにというより、隠居後の道楽でなければできない商売ですよね。
そうは言っても商品を問屋まで買い付けに行ったり、大変なこともある訳です。そんなほとんど儲かりもしない商売を何でやっているのかって現在の駄菓子屋の店主に訊くと、子供が好きだからなんて言います。やっぱりそういうことなんでしょうねえ。
ただ、昔はみんながみんなそうだったとも思えませんけどねえ。私の近所の駄菓子屋さんはいじわるそうなおじいさん、おばあさんも多かったような気がします。
おばあさんが見てないうちに、駄菓子を箱ごと盗んでっちゃうような悪ガキも確かにまわりにいました。でも、子供だと思って見下されてたのかおばあさんに騙されていたことも随分あったような気がします。
たとえばこんなことがありました。当時、4つで10円というカレー味のあられがありました。大きなビンに入っていて、売るときにおばあさんが取り出して小さな紙袋に入れてくれます。ある時、おばあさんが取り損ねてひとつだけ床に落としてしまいました。おばあさんは何事もなかったように平然と、あられを3つだけ袋に入れて売りました。そんな程度のことはよくあったような気がします。
極め付けでひどかったのはこんなのです。私の友達が親の財布から千円を盗んで駄菓子屋に買い物に行きました。そんな大金持ってちゃあぶないから預かってやるって言われて、駄菓子屋のおばあさんに千円とられました。子供はいつになっても返して貰えず、とうとう親に全てを話し、今度は怒った親が店に駆け込んだが、おばあさんは知らぬ、存ぜぬ。その後の顛末はよく知りません。
そんな話ってけっこうあったような気がしますがねえ。とっても優しくて今でも子供たちに慕われてる駄菓子屋のおばあさんという方も確かにおられます。でもそういう人ばかりじゃなかったような気がするんですがねえ。
生活のためでもなく、子供が好きな訳でもなく、なんのためにあのおばあさん達は店をやってたんだろう。不思議です。単なるひまつぶしなんだろうか。

さて、日暮里駅の北口に駄菓子問屋街があります。今回これを書くにあたって、取材ってほどじゃありませんけど日暮里へ行って来ました。
昔は百軒以上あったそうですが、今は十軒程度の店が街の一角にひしめくように並んで建っています。
軒数は減ったんですが、ちょっと有名になってるみたいですね。駄菓子屋さんが買い付けに来てるのは当たり前なんですが、小売りもしてるんで、女子高生まで買いに来てました。
こういう業界って右上がりだとは思えないし、観光地だろうが、どんな形であろうが、生き残ってもらいたいですねえ。
でも一番おどろいたのは、値段ですね。観光地っぽくなって価格がちょっとつりあがったのかもしれませんが、思ったよりいい値段で売ってました。
利益を考えると、駄菓子屋さんなんて商売にならないだろうなあ。やっぱりお年寄りが道楽でやるしかないんでしょうねえ。
他に思ったことがもうひとつ。駄菓子屋さんって駄菓子の他におもちゃも売ってるので、日暮里の問屋でもおもちゃは売ってます。
でもおもちゃは日暮里で買うより蔵前あたりの方が安いような気がしました。
蔵前って玩具メーカーも多いですが、玩具問屋もけっこう多いんです。
おもちゃ屋で売ってる何千円って規模のおもちゃを扱ってる問屋もあるんですが、駄菓子屋で売ってる何十円って規模のおもちゃを扱ってる問屋も何軒かあるんです。
おもちゃに関してはこういう店の方が日暮里より少し安い気がしましたね。

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