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下町音楽夜話

◆第27曲(2)◆ 現代美術
2002.12.28
 ただし、その行動はあまり周辺からは理解されまい。まあ一種の奇人ではある。例えばキング・クリムゾンのディスコグラフィー本が以前、出版されたことがある。自分も即刻購入した。メンバーの出入りが激しいグループだけに、コレクションを整理する意味でも非常に重宝したが、何とロバート・フリップはこの出版元を相手取って訴訟を起こしたのだ。通常、こういった出版物はデザイナーの許可を得れば、当の本人たちにとっては、メリットこそあれ、デメリットはないので、連絡程度で済まされる。これが気に入らなかったのか、本人の許諾なしということで、前述のように訴え、おまけに勝訴してしまった。当然、その本は回収ということになったが、もちろん我家の書棚には、ちまっと存在している。

 キング・クリムゾンのデビュー・アルバム「クリムゾン・キングの宮殿」は無敵艦隊ビートルズのアビーロードをアルバム・チャートのトップから蹴落としたことでつとに有名であるが、1969年という年がいったい何を意味するのか、あまりにも多くのことを物語るモダン・アートの最高点が、一歩まちがえば地に堕ちるギリギリのバランスの上に成り立っている。デビュー・アルバムの冒頭、つまり名刺代わりの一曲「21世紀の精神異常者」は、後に続く孤高の美をあざ笑うかのように、強烈に歪んだ音による最大のインパクトとともに屹立し、音楽史上に巨大な足跡を残している。「クリムゾン・キングの宮殿」や「エピタフ」は、特にプログレッシヴ・ロックが好きでない人間でも納得させられる、あまりにも美しい楽曲ではあるが、この世界における価値観はそのような簡単なものではなくて、インプロヴィゼーションのインフラを内包しながらも印象的なリフの完成度は非常に高く、時代を超越して存在を主張し続けている。

 赤い王様なのか現在の精神異常者なのかはわからないが、やはり同じくインパクトの強いジャケット・アートは、時々自分のノート・パソコンの壁紙として登場するが、覗き見た他人は大抵「ゲッ」というような言葉にならない声を漏らして立ちすくむ。このジャケットを描いた画家のバリー・ゴッドバーは、このアルバムが発売された翌年の1970年初めに、24歳の若さで亡くなっている。

 相当量のCDを購入して聴き込み、いろいろ深読みしたりして楽しんだ挙句、このグループに関しては、完全なコレクションをしようという気はなくなった。メンバーの出入りも激しく、関連する人脈だけで相当の数になるうえ、その多くがまた多作なのだ。そしてロバート・フリップ翁のソロ・アルバムはサウンド・スケープ的なものが多くあり、はっきり言って面白くない。静粛の中から時々浮かび上がってくるフレーズの輪郭がはっきりした瞬間のゾクッとする感覚には惹かれなくもないが、その一瞬のためだけに存在する長い静粛には耐えられない。この崇高なる偏屈のミュージシャンは、話す言語が異なるという印象が拭えない。もちろん英語のことではない。音楽の言語という意味だ。自分は一歩引いて、こちらが言語力不足なのだろうということにしている。

 そしてここに来て自分にとって非常に大事なメンバー、ベースのトニー・レヴィンとドラムスのビル・ブルフォードが脱退してしまった。4人組で活動は継続するらしいが、緻密で緊張感溢れるあの2人のリズムがないのは非常に残念ではある。この2人はリズム隊とはいえ、メロディ・メイカーとしても非常にすぐれた才能を有しており、素晴らしいリーダー・アルバムも多く発表している。特にブルフォード・レヴィン・アッパー・エクストリミティーズというユニットは実に素晴らしく、ヘタをすると近年のキング・クリムゾン本体よりも素晴らしい演奏を残している。脱退も致し方ないというか、当然のようにも思えてしまう。4人組になった新体制キング・クリムゾンは、新年早々にニュー・アルバムをリリースし、そして2003年4月には、再来日公演が予定されている。もちろんチケットは入手した。今から桜散る季節がとても楽しみだ。

 結局のところ、この人たちの音楽は現代美術館の所蔵品よろしく、何年か経ってから評価されるものなのかも知れない。音楽にはよくあることだが、時代が追いついていないのだ。あるべき場所には置かれているのだが、あるべき時を誤った可能性はある。社会経済状況がめまぐるしく変化し、混沌とした不安定な時代が続いているここ数年、妙に精力的に活動し、世紀末的な怪しい魅力を振りまいてきたことは、この人たちが時代を見極めながら活動している証であろう。しかしこういった知的な遊びは、平和で余裕のある状況下で楽しみたいものだ。迎える新年も含めてこれからの数年は、いろいろな意味で厳しい時代となるであろう。紛争やテロの種も払底するはずはないし、地球環境に対する危機感も高まる一方だ。こういった中で、のほほんと音楽を聴いていられる日本という国に生まれたことは、いくら感謝してもしきれない。その国で平和な年の瀬を迎えながら、これ以上を望むのは贅沢かも知れないが、早く心から音楽やアートを楽しめる時代が到来することを願ってやまない。

 キング・クリムゾンのような存在は、こういった不安定な時代だからこそ生まれたモノなのかも知れないので、あるべき時にあるとも言えるのか。その辺の客観的な判断は今現在下せるものではないので、やはり時が経つのを待つしかないのかも知れない。・・・というわけで、皆さん、よいお年をお迎えください。

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