- テリー・ボジオはその年キリンビールのイヴェントで、ジェフ・ベック・グループの一員として来日した。横浜アリーナで観たその姿は一生忘れないだろう。明らかに他のドラマーとは違っていた。ジャーニーのギタリスト、ニール・ショーンとベイビーズのヴォーカルで「ミッシング・ユー」のシングル・ヒットも持っているジョン・ウェイトの双頭バンド、バッド・イングリッシュが大暴れし、トトのギタリスト、スティーヴ・ルカサーが自己のバンドでハイ・クオリティな演奏を披露し、次はゲストとして当時ヒット連発中だったリチャード・マークスが、若干客層がマッチしていなかったと思われ、あまり受けずに悲惨なステージとなった後、そのトリオの強烈なステージは始まった。日本でのジェフ・ベックの人気がこれほどまでかと驚かされる大歓声に包まれ、異様なテンションの中、幕は切って落とされた。
- 本来は主役のジェフ・ベックを観にきたのに、どうしてもドラマーの異様なプレーに目がいってしまうのである。全体に低くセットされたドラムスを、中腰のような状態で前のめりになって叩きまくるそのスタイルは、正直言って個性的という言葉を通り越している。異様なのである。猛烈な手数で、ギターとキーボードを煽りまくり、演奏は否が応でもヒートアップしていく。いくつものバンドが出演するイヴェントなので仕方ないが、1時間強という短めのステージがあっという間に終わってしまい、内容の素晴らしさに打ちのめされた上に、もっと観たいという強い欲求が湧き上がってきてどうしようもなく興奮したものだ。
- ジェフ・ベック・グループのステージ終盤にオールスター・メンバーで「ブルー・ウィンド」を演奏した際、ジェフ・ベックのギターの弦が切れ、さすがにニール・ショーンやスティーヴ・ルカサーのギターを横取りはできなかったか、そばにいたどこぞのバンドのベーシストのベースを奪いとって、演奏を続けたという光景にも唖然となったものだったが、とにかく妙に印象に残るライブであった。全体的にクオリティの高い演奏が観られたイヴェントであったことに加え、明らかにステージ上の誰もが興奮状態にあるようだった。現場にいられて本当にラッキーだった。
- ジェフ・ベックはその後、ロカビリー・アルバムなどをリリースして、テリー・ボジオとは録音を残していないのだが、このメンバーで時々ライブをやっているという情報は届いていた。そのライブ音源を聴きたくて仕方がなかった。一方で「マイ・シャローナ」の大ヒットを持つポップ・グループ、ナックの久々のニュー・アルバムに正式メンバーとしてクレジットされていたテリー・ボジオではあるが、まあ普通以上には派手なドラミングという程度の演奏ばかりで少々物足りなかった。他には、キング・クリムゾンのベーシスト、トニー・レビンやスティーヴ・スティーヴンスなどとアルバムをリリースしてみせたりもし、そこそこ楽しませてくれはした。しかしやはり、あのメンバーの今が気になるではないか。
- 2003年9月10日11日、ニュー・ヨークのBBキング・ブルース・クラブ・アンド・グリルズは相当の熱気だったろう。ウェブ・サイト限定とはいえオフィシャル・リリースのライブ盤にしては歓声が大きく、海賊盤のような雰囲気の音だが、さすがに録音は素晴らしい。選曲は古い曲が半分、コンピュータ・リズムを多用したここ数年のアルバムからの曲が半分といったところで、不満がないわけではないが、コンピュータをテリー・ボジオの生ドラムに置き換えてあるのだがら、猛烈に凄いことになっている。コンピュータでないと無理そうなバスドラ連打も難なくこなしている。相当年はとったはずなのだが、ちいとも衰えてはいない。このCD、少々高くついたが、全く後悔のない買い物になった。
- さてそのライブ、ちょうど2年前に同じ街で起きた悲劇の犠牲になった消防士で、ジェフ・ベックの大ファンだった男がいたそうで、終盤ではその彼の遺品となったファイヤー・ジャケットをジェフ・ベックが着て演奏したりと、いろいろ盛り上がる要素があったようだ。客席にはテニス・プレイヤーのジョン・マッケンローや往年の名ギタリスト、レス・ポールなどの姿もあったという。その場に居合わせた客が羨ましくて仕方ない。間近であの連中が観られるのであれば、ニュー・ヨークまででも観にいきたいとも思う。まさにそう確信させる内容なのである。
- インターネットは実に便利なツールである。世界中がつながっているので、自宅にいながらに世界中の情報が手に入る。しかしネットワーク上の世界はあくまで仮想の世界である。現実の世界とはやはり違う別物である。特にライブなど、その場にいることに価値がある事象は、仮想世界ではどうしようもないことである。せいぜいが今回のようにライブ音源のCDを注文することぐらいが関の山である。ライブ感覚が好きな自分はもう20年以上も毎月のようにコンサートに通っているが、その自分だからこそライブ盤を聴くことで、どんなステージだったかある程度想像ができるような一面もあると思う。しかしその反面、現場にいられたらと余計に虚しく思うこともあるのである。
- 世の中のライブ盤は、どれも毎日のように行われている演奏の中でも出来のよかったものを収録しているであろうから、実力のほどは知れたものではないとも言えるが、実際のところ生で20秒も聴けば演奏者の実力は知れるものである。特に小さなクラブなどでは、ギミックも通用しない。ホールやスタジアムでのコンサートでは少々エフェクトをかけようが、生ではない音源を使おうが判らないかも知れない。クラブなどの指の動きまで見えるような環境と、スタジアムなどで豆粒のように見える演奏者を大映しにするマルチ・スクリーンを観に行っているかのようなコンサートとを比べてはいけない。同じミュージシャンを観るにしても、小さな会場で観られることは特別に価値があると思っている。そういう意味では、今回のジェフ・ベックのライブ盤、やはり特別に価値のある一枚だと思っている。特別企画的にウェブ・サイト限定で販売されることの意味がよく判らないが、このCDは本当に嬉しかった。機会があれば、ぜひご一聴あれ。ヴァーチャルに体験できるライブの最良形がそこには記録されているのだから。
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