- 15分ほど遅れてTOTOの演奏は始まった。・・・始まったらしい。照明が落とされ、ステージ上でスティーヴ・ルカサーがギターのカッティングをしている姿が大型のスクリーンに映し出されている。しかし音は聴こえてこない。地響きのような低音だけが鳴り響いている。最近復帰した初代のヴォーカリスト、ボビー・キンボールがマイクに向かっているが、・・・ヴォーカルも聴こえてこない。「あーあ、オレも帰ればよかった」と内心後悔が湧き上がってきたのは、その瞬間である。そしてその直後、それは怒りに変わっていった。
- 自分の目の前で、こんな音響でも無邪気に手拍子を打って騒いでいるカップルがいたのだが、よーく見ると二人ともスタッフ・プレートを首から下げているのである。スタッフが観客に混じって、観客の視線を遮って騒いでいる?いったいどういう運営がされているのだろうか?このヒドい音響に気がついてか、客がドンドン出ていく。ミキシング・ボードの前には4〜5人が腕組みをして立っている。「おい、ミキシング卓を操作しろよ」と思いつつ、呆然と眺めてしまった。・・・こんなの、ありか?金を払わせて見せるものか?沸々と怒りがこみ上げてきた。
- こうなると、もう「下町音楽夜話でこき下ろしてやる」という気持ちの方が沸いてきて、最後まで観察してやろーじゃないかと思ったものだ。途中で帰ってしまっては、ライブ・レポートが書けない。とにかく我慢大会だ。よくよく客席を見渡すと、チラホラとスーツ姿の人間がいる。中には会場内で携帯電話をかけているバカヤロウまでいる。「ははあ、さては営業で相当数のチケットが飛び交ったな」と思いつつ、ジャズもこういう商売の道具みたいになってしまうのか、と呆れてしまった。それにしても日曜日に、しかも30度はあろうかという暑い日に、スーツ姿でコンサートに来るか?何者だ、こいつら?などと思っていたら、AAAのスタッフ・プレートを下げていたりする。AAAとは全ての場所に立ち入りが許可されているスタッフが下げているものである。他にはただのスタッフやゲストなどのプレートが見られた。そういえば、いかにも場違いな掛け声をかけ、拍子はずれの手拍子を打っている。・・・情けない。こういう人間が、ライブ・イヴェントを動かしているのか。・・・あまりに情けない。
- 自分の目の前で騒いでいたカップルは、さすがに音が悪いと気がついたか、そういった話題を口にしていたが、「アフリカ」や「ロザーナ」などのヒット曲を演奏するたびにはしゃいでいるのが余計に憎らしく思え、もう少し時間が長かったら、蹴りでも入れていたかと思うほど、怒気を孕んだ視線を投げかけ続けていたのだが、全く気がつかなかったようだ。・・・どうやら、ただのアホどもらしい。
- さて、ステージ上のTOTOのメンバーであるが、さすがに異変には気がついていたようだ。普段はにこやかに演奏するキーボードのデヴィッド・ペイチも、固い表情で演奏し続け、時々ステージ脇にいるスタッフに何か叫んでいる。グラミー賞まで採った名曲「アフリカ」も、眉間に皺を寄せてシャウトするように歌っている。スティーヴ・ルカサーは不機嫌そうに、猛烈なギターを披露している。やはり普段の涼しい顔をして絶妙なタイミングでキメまくる彼とは様子が違う。どうやら音響のことはわかっているようだ。これでは、どうせ放映されるであろうテレビで観るのが一番だったということか。とにかく普段では観られないTOTOのメンバーの、かなり真剣な顔が観られたことが唯一の拾い物だったか。
- 現在のTOTOは、亡くなったジェフ・ポーカロの後釜を務めるサイモン・フィリップスがドラムスに座っている。彼はビリー・コブハムやスタンリー・クラークなどとの共演歴もあり、TOTOのメンバーの中ではもっともジャズ畑に近い存在だろう。ドラム・ソロのときには、さすがに拍手も大きかったところをみると、やはり会場はジャズ・ファンが多かったということか。しかしそのドラムスも、ツイン・バス・スタイルのサイモン・フィリップスだけに、重低音を轟かせるだけで、素晴らしい足捌きなどは全く聴き取れない。典型的なハード・ロックに名バラードを散りばめたTOTOのステージは、最初から難しい問題を抱えていたのかも知れない。ジャズのイヴェントに出演すること自体にムリがあったような気もする。
- 企画自体にもムリがあれば、会場も音楽用には造られていないので、ムリがある。スタッフもプロらしからぬ連中の集まりのようでは、いいイヴェントなんぞ打てるわけがない。営業に活用するのもよかろうが、これだけヒドい内容だと逆効果のような気もする。知名度の高い大きなイヴェントの、入手困難なチケットを差し上げますよというのも悪くないが、これだけ運営サイドの不手際が目立つイヴェントでは、不快感しか残らないではないか。何か純粋に音楽を楽しむことができないイヴェントで、音楽を商売道具にされたような不快感だけを引きずって帰途についたとき、毎度毎度「二度とイヴェントには来ないぞ」と後悔することを思い出して、自分が情けなくなってしまった。そう、できの悪いビジネスフェアだったんだと思うことにしよう。
- 翌日T氏から意外なものを見せられた。何とT氏とM氏、新橋駅で会場に向かうハービー・ハンコックとばったり会い、一緒に写真に納まっていたのである。さてT氏、言うべきことを言ったのだろうか?
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