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下町音楽夜話

◆第223曲(2)◆ ステッピン・アウト
2006.9.30
さて、そんな、ニュー・ウェーヴ華やかなりし頃、MTVでもヘヴィ・ローテーションでオン・エアされていたジョー・ジャクソンは、いまだに現役で活動を続けている先鋭的なミュージシャンの数少ない一人である。自分は、彼がまだパンク、パンクしていた時期のヒット曲「イズ・シー・リアリー・ゴーイング・アウト・ウィズ・ヒム」が大好きで、シンプルな演奏の奥に広がる深遠な彼の音楽世界があまりにも懐深いもので、ゾクゾクしながら聴いたものだ。そして、世界的に大ブレークしたのが1982年のアルバム「ナイト・アンド・デイ」である。以前から好きだったミュージシャンが大ヒットを飛ばしてしまい、誰もが知るような存在になり、ショッピング・モールのBGMに流れてきたりすることは、むしろ残念に思えてならなかった。ここらで、彼が只者ではないことはもう明らかだった。流行のパンキッシュなスタイルでデビューはしてきたものの、中身は全く衝動的なものではなく、音楽的にはしっかり練り上げられたものだったからだ。そして、不健康極まりない外見と、どこか病的なものを感じさせる人間でもあった(実際にそうなのだが)。

続く「ボディ・アンド・ソウル」も大ヒットしたが、中身的にはもうニュー・ウェーヴとも言えないような独自の世界観を打ち出したポップ・ミュージックとなっており、その頃にはあまりの音楽性の幅広さについていけない気がして、呆れてしまっていた。ソニー・ロリンズをパロッたジャケット・デザインが実に秀逸で、かといって、ただの懐古的なジャズ・スタイルに堕するわけでもなく、あくまで独自路線であることが嬉しかった。また、個人的には、大学生の時に無理して入手した来日公演のチケットを、どうしても行くことができない事情が発生して、後輩に譲ってしまったことが、いまだに悔しいのである。そんなわけで、ジョー・ジャクソンという人間には、ちょっと屈折した思い入れがあるのである。

ミレニアムの年、ジョー・ジャクソンは大ヒット・アルバム「ナイト・アンド・デイ」の続編「ナイト・アンド・デイ II」をリリースする。しばらくヒットからは遠ざかっていたと思われる彼のニュー・アルバムは、もうポピュラー・ミュージックでもなくなっていた。それなりにセンスの良さを感じさせる演奏やメロディは、やはり独特のものだが、時代性という要素では、むしろ世紀末の頽廃が前面に出てしまっており、聴いて楽しむタイプの音楽ではない。つまり、相変わらず病的なまま生き続けてきているということだ。むしろ環境音楽に近いようなもので、時々浮かび上がってくる美しいメロディにハッとさせられるのだが、そのメロディが、オリジナルの「ナイト・アンド・デイ」の曲の欠片だったりするのだ。あまりコンセプトがはっきりしないので、一歩間違えると、作曲の才能が枯渇して、昔のヒット曲に似せたものしか作れなくなってしまったのかと思われてしまいそうな程度なのである。もう少し企画的に練られていれば、これはこれで面白いアルバムだと思うので、少々残念である。

そして2003年、「ナイト・アンド・デイ」のデラックス・エディションが発売になった。やはり大好きなアルバムだけに気になってしまい入手はしたが、ここでも少々がっかりさせられた。このシリーズは以前にも書いたが、結構貴重な音源を発掘して収録しているものが多く、かなり楽しめるのだ。しかし「ナイト・アンド・デイ」に関しては、6曲のデモ音源に加えて同時期にリリースされた映画「マイクズ・マーダー」のサントラ盤に収録されていた5曲と、同時期のライブが5曲だけなのである。ライブ音源も公式にリリースされていたアルバムと同じ音源であり、とりわけ貴重なものではない。正直いって、がっかりさせられた。

しかし、2枚組の1枚目がオリジナル・アルバムなのだが、リマスターされたオリジナル音源はさすがにクリアな音質で、ベースの躍動感も増して感じられ、嬉しくはあった。またパーカッションなどは、アナログでは聴き取れない音までが前面に出てきており、演奏能力の高さを再認識させられた。1980年代のアルバムは、もともとアナログLPとCDの両方で発売されたものが多く、リマスター作業は、むしろ進んでいない。1960年代、70年代の名盤の方が、かなりマイナーなものも含めてリマスター作業は進んでおり、入手し易い状況になっている。もちろんそこには、紙ジャケットというおまけもあるので、全く上手い商売だが、商売に乗っかって楽しむのも悪くはない。そういった意味では、文句はないのだが、せっかくならもう少し未発表音源等をしっかりリサーチして、提示して欲しかった。

たとえば、デモ音源の6曲は、いずれもジョー・ジャクソンが一人で録音したものだが、公式にリリースされたバンドで演奏したものと比較しても見劣りしない完成度なのである。ここでは、この名盤が出来上がる過程が垣間見れることの面白さを味わうことができることはできるが、ではどうして最終的なOKテイクは皆繋げられて曲の切れ目がないような形で収録されているのかも理解できないし、そのほうが面白かったことは確かなのだが、そこに至るまでの過程は全く見えない状況なのである。これでは、デラックス・エディションとしてリリースする意味合いが半減してしまうと思うのだ。以前に、スージー・アンド・ザ・バンシーズの「香港庭園」のデラックス・エディションについても、辛口の批評を書いたことがあるが、もっと古い音源でもしっかりとリサーチすれば面白い盤が作れているのに、パンク〜ニュー・ウェーブ期のものは、保存状態も雑だったのだろうか。中にはいいものがあるだけに、また、世代的に、どうしても忘れることのできないものが多い時期だけに、残念でならないのだ。

ともあれ、この「ナイト・アンド・デイ」には、時代を超えて聴き継がれるであろう名曲「ステッピン・アウト」が収録されている。青少年よ、街に出よ。可能性は無限にある、というわけだ。生きていれば、時には辛いこともあれば、楽しいこともある。それが、社会の中で暮らす、ということではないか。
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