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下町音楽夜話

◆第227曲(1)◆ バック・ホーム
2006.10.28
最近、やたらとピアノ・トリオを聴く機会が多い。といっても、いつものビル・エヴァンスではない。たまに聴くケニー・ドリューやレッド・ガーランドやウィントン・ケリーでもない。鬼才ブラッド・メルドーなどの現代の若手は別の機会に触れることとして、・・・バド・パウエルは好きではない。ハービー・ハンコックやチック・コリアなどは最近全く耳にしていない。では何かというと、珍しく、ハンプトン・ホーズやフィニアス・ニューボーンJrなんぞの地味なものを聴いているのだ。地味といっても、2人ともかなりのテクニックの持ち主であり、高速パッセージはお手のもの、もう少しゆっくりと弾いてくれないかな、と思うものまである。では個性的かというと、・・・そこが問題なのだ。だから地味と言いたくなってしまうのだ。ブラインド・テストをされたら、超難問に属するか。

ジャズ・ファンに、好きなピアニストはと問いかけて、一体何人がこのあたりの連中の名前を挙げるのだろうか?ハンプトン・ホーズは進駐軍として戦後日本に駐留していたこともあり、日本人にはファンが多いというが、1970年代になってシンセサイザーなどを使うようになり、一気に人気が後退したようだ。おまけに進駐軍がいた当時を知るようなファンの高齢化ということもあるだろう。アルバムでいくと、ハンプトン・ホーズ・トリオのVol.1からVol.3までで大体語りつくされてしまう。他のアルバムに触れている文献などは、実に少ない。しかも日本に駐留していたということで、日本にバップ・スタイルのピアノを紹介したというようなことばかりが紹介されているだけで、肝心の音楽性などについて触れられたものは皆無ではないか。中には、ブルースの名手などと評しているものもあるが、果たして聴いているのだろうか。

では、フィニアス・ニューボーンJrはどうだろう。彼に関しては、触れられている文献も少なければ、あったとしても、ロイ・ヘインズ等との連名(ものによっては、ロイ・ヘインズのアルバムとして紹介しているほどだ)でリリースされている「ウィ・スリー」に関するものばかりだ。「ウィ・スリー」は確かに人気もあり、全体のバランスも良くまとまっており、もっともっと評価されてもいいのではないかと思うほどだが、それ以外となると、とんと情報がない。ヘタをすると、CDのライナーノーツですら、情報が混乱している。ジャズ・ピアノに関する書籍には必ず名前が出てくる2人なのだが、世の中に出回っている情報の量となると、おそろしく少ないというのが現状ではなかろうか。

そんな地味な2人のピアニストが、実は気になって、一時期聴きあさっていた。しかも、アナログLPなのである。OJCものであれ、CDにたどり着く前にアナログにたどり着いてしまい、この2人をアナログで聴くということに魅せられてしまったのだ。当時は古いトリオのターン・テーブルにシュアーのカートリッジを取り付け、英国CRデヴェロップメンツの真空管アンプにJBLのスピーカーという取り合わせだった。アナログのわりに非常にメリハリのきいた、立ち上がりの鋭い傾向を持つこのシステムに、ハンプトン・ホーズとフィニアス・ニューボーンJrのアルバムは、おそろしく相性が良かったのだ。「ハンプトン・ホーズ・トリオVol.1」と「ウィ・スリー」、そしてフィニアス・ニューボーンJrの「ザ・ニューボーン・タッチ」や「ザ・グレート・ジャズ・ピアノ・オブ・フィニアス・ニューボーンJr」あたりは、本当にプチッとノイズが入る箇所まで覚えてしまうほど、繰り返し聴いたものだ。真空管アンプが発する熱で汗をかきながらも、締め切った部屋で、耽ったものである。

とりわけフィニアス・ニューボーンJrの2枚は、リロイ・ヴィネガーの図太いベースが心地よくピアノに絡み、控えめなドラムスとのバランスが絶妙で、堪らなく心地よい音空間を作り出すのだ。自分はタバコが嫌いで、生まれて一本も吸ったことがないが、これらのアルバムは、どういうわけか、タバコの煙がモクモクのジャズ喫茶などで聴きたくなるような印象を持っている。大ぶりなJBLで少し音が割れているのではというくらいにオーヴァードライヴさせたような音で聴いてみたいものである。決して、高原の別荘の澄んだ空気の中で、KLFの精緻な音で鳴らしてみたい、などと思うような盤ではない。ECMやウィンダムヒルの対極にある音とでも表現すれば、ご理解いただけるだろうか。

さて、そんな彼等の主要アルバムが、この夏3ヶ月間にわたって、廉価版紙ジャケットCDで再リリースされていたのだ。あまりの安さに釣られて、アナログでしか持っていなかったものも含め、まとめて購入してみたのだが、これにはまいってしまった。当然と言われるかも知れないが、恐ろしく音がいいのである。ハイビットでリマスターされた音質は、時代の空気感という点を除けば、もう100点に近い音質である。マスターが古いためにノイズが入るなどという但し書きがあるが、全く気にならない。これはちょっと価格設定が安過ぎではないかと、気になってしまうほどだった。

ここでは、フィニアス・ニューボーンJrが、レイ・ブラウンのベースと、たまたまL.A.に来ていたエルヴィン・ジョーンズのドラムスという強烈なバックを得て、1969年2月12日と13日の2日間で録音した15曲が気に入ってしまった。この15曲のうち8曲は、直ぐに「プリーズ・センド・ミー・サムワン・トゥ・ラヴ」というアルバムで発売され、それなりに話題になったというが、残りの曲はお蔵入りしてしまい、1975年になってから、「ハーレム・ブルース」というタイトルで発売されたのである。どうしてこんないい演奏がお蔵入りになるのか不思議でならないほど、全てが絶頂期のように聴こえる、奇跡の2日間なのである。とりわけ、「ハーレム・ブルース」のタイトル曲は、自分の好きなタイプの曲で、繰り返し聴いてしまった。フィニアス・ニューボーンJrは、この録音の前年まで、病でピアノを弾くことすらできなかったという。そしてこの後もまた6年近いブランクに入ってしまうのである。とてもそんな状態の人間が弾いているとは思えないほど、またそのタイトルからは想像もつかないほど生命力も宿っている、実に快活な一曲なのである。そんな理由で、この人間に対する興味が、再び湧き上がってきてしまったのだ。