下町探偵団ロゴ万談ロゴ下町探偵団ハンコ
東京下町Sエリアに関連のある掲示板、コラム・エッセイなどのページ

トップぶらりグルメくらしイベント交通万談リンク

下町音楽夜話

◆第283曲(2)◆ アメリカン・ロックの底力(3) − オヤジの底力
2007.11.24
先述の通り、ローリング・ストーン誌が選んだ現代の3大ギタリストとは、ジョン・メイヤー、デレク・トラックス、ジョン・フルシアンテの3人だということだが、これは音楽好きの共通認識として通用するのだろうか。このうち、ジョン・フルシアンテに関しては、彼が所属するレッド・ホット・チリ・ペッパーズが好きになれない現代のバンドの代表格なので、聴いてないに等しく、評しようがない。以前にベスト盤を購入して何度か聴いたことは聴いたが、スティーヴィー・ワンダーのカヴァー曲「ハイヤー・グラウンド」以外に印象に残る曲がなく、ご縁がなかったものと諦めている。残る2人は、市販されている音源は可能な限り全て集めている状態なので、自分としては、割と納得のいく評価ではある。

3大ギタリストというと、昔では、エリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、ジェフ・ベック、の3人だったし、1980年代当初では、ニール・ショーン、スティーヴ・ルカサー、エディ・ヴァン・ヘイレンの3人だった。その後、こういう呼称が使われた記憶があまりないのだが、1990年代の3大ギタリストなどというものはいたのだろうか。ちょっと前だったら、G3といって、スティーヴ・ヴァイ、ジョー・サトリアーニに加えて、エリック・ジョンソンもしくはジョン・ペトルーシが一緒にツアーをしていたりするが、これとて、それぞれがヒットを飛ばしていれば、相当のテクを持った3人であることは確かなので、認めてあげたい気もする。しかし、シングル・ヒットはろくにないし、音楽にさほど詳しくない人間でも知っている程度の認知度を持っていれば、認めてあげればいいのだが。こういったエクスキューズが必要になる程度なのだから、昔の3大ギタリストと比べると、やはり格落ちと言う気がしないでもない。

ただ面白いのは、昔の3大ギタリストはみな英国人なのに、その後は、不思議と米国人しか名前が挙げられないのだ。ここで思うのは、最近の英国のロック・ギタリストもしくはロック・バンドが、みな小ぶりになってしまったのではなかろうか、ということだ。パワー・ポップなどという言葉が象徴するように、典型的なロックを演っていても、ロックとは言わない。オルタナティヴといっては、ギター・ソロなどない、どうにも好きになれないロックを演っていたりする。これが英米共通の傾向のように思っていたのだが、アメリカにおいては、音楽性の幅広さや奥深さが、そういった傾向があるにしても、印象を薄くしているのかも知れないと思うのである。確かにロックと言っても、アメリカでは幅が広い。

ケイジャン・ロックのバカテク・ギタリスト、ソニー・ランドレスなどがやっていることを考えると、アメリカ以外ではあり得ないことでもあろうから、ザディコやクレオールなどの血が濃い音楽と融合したものや境界線上の音楽など、広い意味でのロックの幅広さや奥深さは、アメリカならではのものだ。英国ロックの奥深さも半端ではないのだろうが、やはりボーダーレスな世界の広がりを考えると勝負にならない。こういった融合を繰り返しながら新しい音楽が生まれてくることも、ことロックという音楽の楽しさの一つであることは決して否定できない。そもそもが何でもありの柔軟な音楽なのだ。とりわけ、多数勢力としての黒人音楽との融合が、ブルース・ロックやブルー・アイド・ソウル、R&Bなどの展開をもたらした上に、絶対的ポピュラリティを獲得したことは、アメリカン・ロックを語る上では忘れてはならない地下水脈のようなものなのだろう。

以前からジャンルの垣根を飛び越えるやんちゃな連中はいたが、ジャズやらソウルやら雑多にいろいろな垣根を飛び越えてしまう人間は多くなかった。こういった傾向はデレク・トラックスに顕著だが、ジョン・メイヤーも負けてはいない。共通の傾向と言っていいのだろう。とにかく、若手のミュージシャンが非常に柔軟性を持っていることは、決して悪いことではない。ティル・ブレナー然り、ノラ・ジョーンズ然り、ジェシー・ハリス然り、と自分の最近お気に入りのミュージシャンを並べると、みな枠にはまらないクロスオーヴァー的な性格を持っている。これはやはり時代の要請なのだろうか。また地域的に見ても、音楽の都ニュー・オリンズやナッシュヴィルなどではなく、アトランタやデトロイトあたりのほうが、最近は面白い動きがあるとも言われている。また、アメリカだけに限らず、ヨーロッパでもこれまでとは違ったムーヴメントが、意外な都市を中心に沸き起こっているということだし、ボーダーレスの潮流は大歓迎だ。

さて、そうは言っても、オヤジ・ロックが元気であるということも繰り返し書いていることだ。ここ数回続けて書いているように、イーグルスやブルース・スプリングスティーンのように、ニュー・アルバムをリリースして華々しく活躍しているオヤジもいる一方で、地道に活動を続けている、決して侮れないオヤジもいる。もちろんエリック・クラプトンのように、格好良く年齢を重ねて、リリースするアルバムも売れ続けているに越したことはない。そういうことも影響しているのか、ニュー・アルバムがリリースされれば、良かれ悪かれ、惰性のように買ってしまうミュージシャンは大勢いる。いずれもオヤジ・ロックというべき連中であり、この愛着は一生断ち切れまい。

とりわけ、その一方で、大したヒットは出なくとも、着実にアルバムをリリースし続け、年をとったなりの渋みも加わって、ニュー・アルバムが出るたびに、どうしてもっと売れないかなあ、と不思議に思う連中もいる。代表選手は、リック・デリンジャーだ。マッコイズの「ハング・オン・スルーピー」の大ヒットで華々しく登場し、ソロになってからも「ロックン・ロール・フー・チー・クー」などの大ヒットを飛ばし、ジョニー・ウィンター等とブルースをベースとしたロックの格好良さを教えてくれた。最近では、エドガー・ウィンターとのライヴ活動などと並行して、エレクトリック・ブルースの好盤をリリースし続けてくれている。中でも、昔の曲をジャジーにアレンジして聴かせる、今のところの最新盤「フリー・ライド」の出来のよさには呆れてしまうほどだ。何ゆえ売れないのか、本当に不思議で仕方がない。実のところ、こういった、売れてなくても、猛烈にクオリティの高い演奏を聴かせるオヤジが、地道に活動を続けているあたりに、本当の意味でのアメリカン・ロックの底力を感じてしまったのである。

<<前のページへ