さて、第二部のシカゴが始まった瞬間、期待はさらに高まった。トロンボーンのジェイムス・パンコウをはじめ、ホーン・セクションの連中のキレのいい演奏と大きなステージ・アクションが、現役であることを主張するかのようで、これはいいコンサートになりそうだな、という予感が湧き上がってきたものだ。事実、あっという間に2時間近くが過ぎ、非常に満足度の高いものだった。1967年に結成されたシカゴは、長い歴史をもつ名門バンドだが、ずっと現役で活動を続けている間も、好不調の浮き沈みが激しい連中だった。幸先よくスタートしたバンドは、新時代を象徴するブラスロックの雄として、ブラッド・スエット・アンド・ティアーズとともに、世の中に好意的に受け入れられた。長尺で骨太な演奏は、知性を感じさせる歌詞とともに、それまでのロックとは明らかに異質なものだったが、2枚組や4枚組のアナログ・レコードが当時まだガキだった自分には高嶺の花、憧れるしかないバンドだった。それでも、最初はEP盤で手にいれた「サタデー・イン・ザ・パーク」があまりに素晴らしい曲で、その思いは一層強まったものだ。
ようやく余裕が出たころに、絶対全部買い集めてやるとムキになったのも懐かしい思い出だ。ギタリストのテリー・キャスが銃の暴発事故で早々に亡くなってからは、メンバー・チェンジも激しくなり、音楽のスタイルもどんどん変わっていった。自分は1970年代初頭の曲がやはり好きなので、今回のライヴでもロバート・ラムの渋い声で歌われる「ビギニングス」や「サタデー・イン・ザ・パーク」は嬉しかった。一方で、他の曲はどうかというと、やはりヴォーカルに問題があるのだ。現在のメンバーのうち、キーボードやギターとともにハイトーンのヴォーカルも聴かせるビル・チャンプリンや、ピーター・セテラに替わり加入したベースのジェイソン・シェフも、歌は非常に上手いのだが、ちょっとエキセントリックに聴こえてしまうその声質が、どうも違和感があることも事実なのだ。ギターのキース・ハウランド、ドラムスのトリス・イムボーデンを加えた後期からの4人のメンバーは、いずれも演奏テクニックは素晴らしいものがあり、人間的にも好きな連中なのだが、声質が違うという点だけは、どうしても気になって仕方がなかった。
もちろんそれは演奏の一部にも言えることなのだ。少々ヘヴィメタの要素も感じさせるキース・ハウランドのハイテク・ギターは、まだ「長い夜」や「アイム・ア・マン」あたりで生かせる場面もあり、ご愛嬌なのだが、ベースとドラムスの音質は、明らかに低音寄りになってしまい、ロック・ナンバーでは迫力が増して好感が持てるものの、バラードでは少々もてあまし気味の感は否めない。自分の場合は、80年代のバラードにあまり期待していなかったこともあり、今回のライヴは非常に楽しめるものになったが、果たしてバラードを楽しみにきていたファンの耳にはどう響いていたのだろうか?オリジナル・メンバーやビル・チャンプリンは、もう既にそれなりの高齢となったが、こうして若い血を入れてバンドの延命措置を講じたことは、賛否両論あるだろうが、自分は成功と言いたい気分である。願わくは、ゲストでもいいから、ピーター・セテラの声が聴けたらと思うのは、贅沢というものだろうか。
さて、お約束のように「長い夜」で盛り上がって終了したコンサートは、非常に楽しめるものだった。ここでのキース・ハウランドの心遣いとでもいうべきギター・プレイが、当日で最も印象に残った瞬間だったかも知れない。というのも、明らかに自分のプレイスタイルではないはずの、オリジナルに忠実なフレーズで丁寧に弾いてくれたのである。実は前回2000年11月の来日公演のときにも、「長い夜」は最後を締めくくる曲だった。そのイントロが始まる瞬間には、ネックをこするように指をスライドさせながら弾き始め、猛烈なハードロック・チューンとして演奏したのだ。ハードロックというよりはヘヴィメタ的なマナーの運指や、チュルチュルという音質のギター・ソロに、メゲたオジサンは大勢いたように思う。ノリノリの大ロック・チューンだから、それでもまだいいのだが、明らかにオリジナルとは異質な肌触りが、自分には全く別物に聴こえてしまい、今回も同じギタリストだということで、あまり期待はしていなかったのである。
しかし、前回からでも8年の年月が経ち、彼も成長したというと失礼だが、成熟したのだろうか、それとも40年の間に30枚のオリジナル・アルバムをリリースしている、シカゴという伝統のあるバンドのギタリストとしての自分の立ち居地がようやく分かったということなのだろうか。今回は、そこそこエッジの立った音質のギターではあるが、オリジナルのメロディに敬意を表するかのように丁寧に弾き、オジサンたちを十分以上に楽しませてくれたのだ。いろいろな面で非常に上手いギタリストだということが知れる安定したストロークと、ベースやドラムスとのコンビネーションが、何とも心地よかったのである。自分は、「長い夜」のイントロで一気に盛り上がる観客の中にいて、一人安堵感に包まれていたようなものだった。結局のところ、早い段階でギタリストを失い、それからは随分メンバー・チェンジをすることにはなったが、ロックバンドの核とも言えるギター、ベース、ドラムス、そして多くの曲におけるヴォーカルを、若い世代の補強メンバーで賄うことで、バンドの延命を図ったことになる。それでも、バンドの本質的な音は変わらず、安定してライヴ活動も続けているシカゴの存在は、他のヴェテラン・バンドとは違った価値があるようだ。
第一部のヒューイ・ルイス・アンド・ザ・ニュースで楽しく盛り上がって元気を分けてもらい、第二部のシカゴの素晴らしい演奏で感動し、懐かしさとともに多くの記憶が蘇り、予想外に元気なジイサンたちの姿に励まされた。会場を後にする観客は、みな一様に楽しげな表情で、立ちっ放しで相当に疲れたであろうに、喜々とした空気が流れており、内容に相当満足したことが知れた。自分はやはり直接帰宅する気がせず、イタリアン・レストランで軽く食事をし、余韻を楽しんできた。いずれも20年以上前、30年以上前のヒット曲が、眼前で演奏されることで、自分の青春時代の甘酸っぱい思い出を共有している気分になって、楽しんできただけなのだ。しかし、それが我々の世代にとって、前向きに生きる活力になることは、そろそろ実証されていると言っていいだろう。我々は、若い時期を音楽に憧れをもって、音楽とともに過ごしてきた世代でもある。心のよりどころとしての音楽を持っていることで、前向きになれることの幸せを、もっと、もっと認識すべきなのかもしれない。オジサン・バンドにはまだまだ頑張って活動して欲しいものだし、その穴を埋める若い補強メンバーは、その辺の事情を理解して欲しいとも思うが、これもあまり言うと贅沢になりそうだ。いやいや、楽しめた一夜であった。